第21話 マーキング


 見た目だけで言えば、良信はモテる要素を持っている。

 背が高く、全体的に色素が薄く、顔立ちは芸能人とひけをとらないほど、まるで人形みたいだ。しかし性格に難があるので、同じ学校の女子生徒は距離を置いていた。男子生徒からはたまにやっかみを受けるが、基本的には近づいて来ようとはしない。

 聡見は、そういう意味でかなり珍しい存在であった。

 どうして一緒にいられるのか何度か聞かれたが、明確な理由を答えられない。あるにはあるが人に話せるものではない。

 幽霊を対処できるからと正直に言えば、次の日からは良信以上に遠巻きにされる未来が容易に見えた。

 ただなんとなく、そうごまかしているうちに一部の生徒から噂が流れ出す。


「付き合っているなんて、どうしてそんな考えになるんだ!」


 机を勢いよく叩いた聡見に、良信は自作の迷路を描きながらケラケラと笑う。


「笑っている場合じゃない。良信の問題でもあるからな」


 聡見と良信は付き合っている。信じる者は少なかったが、それでも何故か時間が経っても消えなかった。

 良信の態度にも問題がある。


「えー。人のせいにしないでよ」

「いや、絶対に良信が悪い」

「どこら辺が」

「……ベタベタくっついてくるところとか?」


 良信は距離が近い。毎日抱きついてきては、体重をかけて寄りかかる。良信が細身とはいえ、支えられるほど聡見は鍛えていない。

 そうなると密着度が増して、最近は見てくる視線に意味ありげなものが含まれるようになった。絶対に勘違いしている。

 しかし聡見は安易に否定するべきか迷った。勘違いしている人は、いくら言ったところで考えを変えないし、焦っているから怪しいと逆効果になりかねない。

 噂が自然に無くなるのを待つ。それがいつまでか時期が不明なので、余計な接触をしたくない。聡見がそう考えて距離を置こうとしているのに、良信は台無しにしていた。なんの得があるのか、相手に燃料をお構い無しに投下している。

 今だって、朝早くに日直の仕事をしながら愚痴をこぼす聡見に、くっつく近さに座っていた。わざわざ机を寄せてまでである。完全にわざとな行為だ。

 まだ噂が学校内にとどまっているからマシだとしても、消える前にさらに広まってしまう可能性がある。好奇の目が増えれば、聡見のストレスがたまる。

 ただでさえ良信は目立つのだ。いたたまれなくて、おちおち外出もしていられなくなる。まずは良信をどうにかしなくては始まらない。


「あのな、良信。別に仲良くしたくないとか、そういうわけじゃないけど、友人としての適切な距離っていうものがあるだろ」

「えー、そういうのよく分からない。今までとみちゃん以外に友達がいなかったし」


 良信にそういった意図がなかったとしても、聡見は罪悪感で胸が痛くなった。距離感が分からないほど友達がいなかった。そんな良信に、周囲の目が気になるから近づくなと言うのか。

 良心の呵責。しかし、今後の友人関係を円滑にするためにも、早い段階で正すべきだと自分を奮い立たせる。


「他の人を見てみろ。友達は四六時中くっつかないし、手を繋がないし、膝の上に乗るのが当たり前でないし、食事は自分で箸を使って食べるんだ」


 聡見は羅列していきながら、やはり友人としてはおかしいと再確認する。受け入れていたのも悪かった、というよりも良信に対してだけは、聡見はこういうものかと感覚が麻痺していた。

 噂が流れた原因は、しっかりと考えていなかったこと。腕を組み直すべきところを挙げていけば、良信は口を尖らせた。


「他の人を参考にする必要はないって。それに

 ……とみちゃんのためでもあるんだよ」

「俺のため?」


 どうして、くっつくことが自分のためになるのか。口からでまかせを言っているのではないか。疑う目に、口を尖らせたまま良信は体を離した。


「そんなに言うなら、一度体験した方が早いね。ほら、耳を澄ませてみて」


 何をするつもりか分からないが、聡見は言われた通りに耳を澄ます。

 そして聞いた。


 ――うまそうだ

 ――やっとはなれたぞ

 ――これでくえる

 ――頭から丸のみだ


「ひっ」


 囁きはどんどん数を増していき、聡見を一気に取り囲んだ。恐怖に固まっている間も、気配が濃くなっていく。


 ――はやくはやくはやくはやくまたくっつかれたらめんどうだはやくはやくはやく

 ――ひっ、ひひっ、俺は目だ

 ――わたしはうでをちょうだいぃぃいいいい

 ――足足足足足足足足足足足足足足足足足足足足

 ――泣き叫ぶ顔が見たい!!


 殺される。

 何かが自分へと伸ばす手が視界に映っても、聡見はどうすることも出来なかった。


「ああ、もううるさいな」


 しかし良信が聡見の手を握った途端、気配が一瞬で消えた。

 あと1センチほどで触れるところだった存在も、幻だったのかというぐらい何も無かった。しかし幻ではないのを、聡見は痛いぐらいに感じていた。


「とみちゃんはあいつらにとって魅力的だから、こうやってマーキングしていたの」

「……マーキング」

「俺の気配が移るようにね。そうすれば、大体は手出ししてこない」


 知らない間に、良信によって守られていた。振り返ってみると心当たりもあった。


「ごめん。守ってくれていたのに、気づかないで酷いこと言った」


 恩知らずな自分を恥じ、聡見は良信に謝る。もう守るのを止める、そう言われても仕方ないぐらいの態度をとってしまった。

 しかし、そうなったら死ぬ。もうあんなのは経験したくない。

 最悪の事態を考えて震える聡見に、良信は抱きついた。


「心配しないで。これからも、とみちゃんのことは守るよ。だから、こうしてくっつくのも許してね?」

「ああ、もちろんだよ」


 寛大な許しに感動している聡見は、良信の質問に即答した。だから気づいていなかった。抱きついた彼の顔が笑っていたのを。

 幽霊を遠ざけるのに、別にベタベタと近づく必要はなかった。それを聡見が知ったのは随分と年月が経ってからで、怒りから良信を加減せずに殴った。

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