第20話 戦い
良信といれば、基本的に聡見の身は安全である。うかつに手を出してこないし、怖いもの知らずや実力差の分からない馬鹿、なりふり構わず襲いかかってくるタイプも全て始末してくれる。
自身が出来る最大の対処法が無視しかない聡見にとっては、良信はまさしく救世主だった。
しかし、一つ難点があった。気分が乗ると相手と遊び始めるのだ。こうなったら、満足するまで終わらない。そして、そのとばっちりが全て聡見に来てしまうのだ。
今回もそうだった。
「頼む! お願いだから、早く何とかしてくれ!」
「えー、もうちょっとだけ」
必死に頼む聡見に対して、良信はまだ続きたいと答えて止めない。もう少しってどれぐらいだと、胸ぐらを掴んで揺さぶりたかったが、出来る状態ではなかった。
「ほらほら、また来たよ」
良信はバットを構えると、向かってくる相手をじっと見つめた。その後ろで聡見は、逃げることも目を瞑ることも出来ずに、同じように見つめるしかなかった。
事の始まりは、15分ほど前までさかのぼる。
下校中、聡見は電線の辺りにサッカーボールほど大きい球体があるのを発見した。
子供が遊んでいて引っかけたまま放置された。そのままだと危険だと思った聡見は、何かをぶつけて落とそうとしたが、すぐに違うと気づいた。
もっと早く、おかしいとなるべきだった。
ボールを電線一本で落ちないように支えているなんてありえないし、そもそも球体は少し浮いていた。
それが分かると、視界が突然開けたかのように、ボールではなく坊主の生首だと細部まで見えた。
上を向くべきではなかったと、すぐに視線を別に移そうとしたが判断が遅かった。
「あ」
くるりと回った生首と、バッチリ視線が合う。
声が出てしまった聡見に、50代ほどの男性らしき顔がニヤッと笑った。
気づかれた。自分の行動がうかつだった。
反省する聡見だったが焦ってはいなかった。隣に良信がいたからである。
生首は気持ちが悪く、襲いかかってこようとしていた。しかし良信なら勝てる。すぐに何とかしてくれるだろうと、聡見は期待する。
「よ、良信」
ぽやぽやと、寺に現れた眉毛犬の話をしていた良信の注意を引くため、袖を軽くつまむ。
生首に気づいていないかもしれないと考えての行動だったが、聡見よりも前に知っていた。
「大丈夫だよ」
緩く笑う良信に、聡見は安心して胸を撫で下ろす。わがままを言うならば、近づくまでに何とかしてほしいと考えていたところで、何故か良信は背負っていた袋から野球のバットを取り出した。
「最近なまっていたから、いい練習になるね」
「は」
何を考えている、まさかバットを使うつもりか、もっと他に方法があるだろう。
様々なツッコミが頭を駆け巡った。
「……野球部じゃないだろ」
結局、こんなよく分からない言葉を選んだ。
向かってくる生首は、怖いもの知らずタイプだったらしい。バットを構えた良信を見てもスピードを緩めない。
逃げてほしいと祈っていた聡見は、馬鹿なのかと叫びたくなった。どう考えても、危険人物に立ち向かうなんて命が惜しくないのか。そうだ、死んでいるのだった。言葉に出さず、一人ノリツッコミをしてしまったほどだ。
まっすぐ向かってくる生首はどんどん速くなり、目で追うのがやっとなほど。
能力は高いが残念だ。良信が振ったバットに当たり、斜め右に飛んでいくしかなかったのだから。
聡見にとっては幸いなことに、音や見た目がグロ指定な事態にはならなかった。しかし生首がボールのように飛んでいくのは、決して楽しい光景とは言えない。
どこに行くか目で追わないと不安なので、確認しなければならないのも苦痛だった。
放物線を描いて飛んでいった生首に、終わったと息を吐いた聡見は、良信の言葉に耳を疑う。
「ありゃま、ファールか。もう1回」
そこから、良信と生首の戦いが始まった。
聡見には違いがよく分からなかったが、ボール3回、ファール1回、フルカウントになった。
早くどうにかしてほしいと必死に頼む聡見に、良信は力強く頷いた。
「大丈夫、次で決めるから」
そういうことではない。聡見は声にならない叫びを上げた。
良信も生首も真剣な表情をしている。これはどういう戦いなんだ。これはもう帰っても平気な感じだ。
しかしここまで来れば、最後まで付き合おう。聡見もヤケになって、成り行きを見守っていた。
これがラスト。口に出さずとも、共通認識だった。
体は無いが生首は体勢を変えて、本日一番のスピードを出す。聡見の目では追いつけない。
良信が負けるかもしれない。聡見は拳を握った。
しかし、当の良信は口角をあげて余裕の表情をする。
相手も良かったが、それよりも良信が上回った。完璧なフォームで当たり、まっすぐ生首が飛んでいく。
「ホームラン」
良信の言葉と共に見えなくなった。
聡見は一瞬感動してしまった自分に恥ずかしくなるが、とりあえず健闘をたたえて拍手をしておいた。
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