第3話 ある会話


「――最近さ、誰かに頭を撫でられる感じがするんだよね」

「何それ、怖い話とか止めてよね」

「ごめんごめん。でも、怖い話じゃないから許して」

「どういうこと?」


 どんっ


「正体はね――私のお母さんなの」

「お母さんって、確か半年前に亡くなったんだよね?」

「……そう。脳梗塞で、倒れたと思ったらあっという間に。別れを言う暇も無かったの」

「そうだったんだ……」


 どんっ


「凄く悲しくて、ずっと泣いてたんだ。もう立ち直れないぐらい。ご飯も満足に食べられなくて、2、3ヶ月はそんな状態だった。でもある日、寝ている時だったかな。頭に触られた気がして、目が覚めたの」

「気のせいじゃなくて?」

「私も初めはそう思ったけど、それから何度も――起きている時にも撫でられることがあったから、気のせいじゃないって確信した」


 どんっ


「でも、どうしてそれがお母さんだと思ったの?」

「撫で方がお母さんそのもので、頭全体を撫で回すのはお母さん以外にいない。悲しんでいる私を励ますために、泣いてばかりいちゃ駄目だって、そう伝えてくれているんだよ」


 どんっ


「最近も感じることがあるの?」

「うん、頻度が上がって毎日のように……あっ、今撫でてくれている」

「本当に?」

「うん。分からないって思うけど、何度も何度も……お母さん、私は大丈夫だから。お母さんの分も頑張るから、これからも見守っていてね」

「……良かったね」

「……うん、信じられない話をしてごめん。でも、誰かに話しておきたくて」

「見守ってくれているならいいことだし、元気になったようで私も嬉しい。あ、そろそろ時間だ。行こうか」

「本当だ。映画に間に合わなくなっちゃうね」


 どんっ……どんっ


「……なあ」


 隣の席で話す若い女性2人が店から出ると、ずっと黙っていた聡見が良信に話しかける。


「あれって……」


 言いづらそうにしている彼に対し、良信はあっけらかんと考えを口にした。


「彼女のお母さんじゃないよ」

「やっぱり、そうだよな」


 女性が話を始める前から、聡見には彼女の後ろにいるものが視界に入っていた。話している最中もできる限り見ないようにしたが、それでも気になって何度か目線を向けてしまった。

 女性の頭を撫でる着物を身にまとった少女だけなら、まだそこまで驚かなかった。しかし少女が持っていたものが、話している間に鞠のようについていたものが見間違いであってほしいと願っていた。


「あれは、なんだ?」

「誰かの首だね」


 そんな願いに対し、無慈悲に良信は事実を突きつける。

 少女は女性達が話している中で、生首をついていた。とても楽しげに、くすくすと笑い声まで聞こえてきたほどだった。


「誰の?」

「さあね、もう遊ばれすぎて分からなくなっていたから」


 その言葉に潰れた顔を思い出し、聡見は口を覆った。何とか吐き出すことは無かったが、すでに食欲は失われている。彼の前に残されたポテトを、良信は何本か摘む。気持ち悪さなどは、全く感じていない。


「でも、どうして頭を触っていたんだ?」


 黙っていると余計なことばかり頭に浮かぶので、質問を続けた聡見は返ってきた答えに、聞かなければよかったと後悔した。


「次の感触を確かめていたんでしょ」

「それって……」


 一気に顔色が悪くなった彼は、トレイを良信の前にスライドさせる。それに対し嬉しそうに笑いながら、体調を気にかけることなく話を続けた。


「古いのより新しい方がいいからね」


 その言葉は、しばらく聡見の頭から離れなかった。

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