第17話 呪われた山


「そうだ、山に行こう」


 どこかで聞いたことのあるようなフレーズを口にした良信に、聡見はついていくしかないのだと諦めた。別に着いてこいと言われたわけではないけど、一緒に行かない方が心配だった。何をしでかすか分からないという理由でだ。

 それに、良信がいないと怪奇現象が起こった時に対処してくれる人がいなくなる。何日出かけるか不明でも、それは耐えられなかった。


「山ってどこに行くんだ?」


 近場にも遠くでも、候補となる場所は何個かあった。

 軽い口調なので、そう険しい山ではないのだろうと聡見は勝手に決めつけた。涼しい日が続いているので、ハイキングにはちょうどいいかもしれないとテンションが上がっていたぐらいだ。


「そんなの決まってるじゃん。あれ」

「……本気で言っているのか?」


 思わず確かめずにはいられなかったのは、良信が指した先が初めから候補に入れていなかった場所だったせいである。

 確かに自転車で行けるほどの距離で、標高のある山ではない。

 これだけの条件であれば、行くには最適だっただろう。

 しかし、大きな問題があった。


「なんで?」

「あの山は呪われているって、有名な心霊スポットだからだよっ」


 不思議そうな良信に、聡見は大きめのツッコミを入れた。

 親や特にその上の世代から、絶対に入るなと忠告を受けている場所。

 神隠しにあった子がいる、遊び半分で入って呪われ死んだ人がいる、などと良くない噂が絶えない。

 かつて心霊スポットとしてテレビで紹介されたこともあったが、あまりにも危険な場所だったせいか現在では触れてはいけないもの扱いをされている。

 聡見も山に嫌な気配を感じていて、頼まれても絶対に入らないと誓っていた。

 そんな場所へ、良信は行こうと言っているのだ。さすがに聡見は考え直させようとする。


「山なら他にもたくさんある。わざわざあそこに行く必要はないって。違う山にしよう、な? そうだ。林間学校で行った山なんかいいじゃないか」


 頼めば聞いてくれるはず。良信は聡見に甘く、特にこだわりを見せたりしない。

 だからこそ、聡見には勝算があった。


「あそこ以外は駄目。嫌なら、とみちゃんは来なくていいよ。一人でも平気だし」


 しかし予想に反して、良信ははっきり駄目だと言い切った。

 頑なな様子に聡見は驚く。そこまで言うのは、あの山でなければいけない理由があるからだ。

 良信がこだわるその何かが気になって、聡見は長考の末、一緒に行くことにした。



 その考えを、彼は後悔している。


「な、なんだよあれっ!」


 全力で走りながら、聡見は隣を走っている良信に叫んだ。

 同じぐらいのスピードを保ちつつも、どこか余裕のある彼は答えた。


「後で説明するから、今はあの小屋まで走って走って」


 終わりがないのは心が挫けるが、ゴールが定まっていればまだ頑張ろうと思える。

 良信が示した、残り100メートルほどはある建物へ向かって走る聡見は、どうしてこうなったのだと軽く現実逃避をした。

 良信から動きやすい格好で来るように言われて、聡見は学校指定のジャージを着てきた。靴は、なんとなくだが滑り止めがしっかりとしている運動靴を選んだ。


「うん、いい感じだね。とみちゃん」


 待ち合わせ場所では、似たような格好をしていた良信が、聡見の姿を見て満足そうな顔をした。

 良信先導で山登りが開始し、しばらくは何事もなく平和だった。聡見も多少は嫌な感じがしていたが、危険だとは思わなかった。

 案内もないのに迷わず進んでいく良信は、大きなリュックを背負っていた。必要最低限だけ飲み物と食料を持ってくるように言われて、それに従っていた聡見は、会話が途切れたタイミングで尋ねる。


「そんなに、何を持ってきたんだ?」

「必要なものかな」


 答えとは言えないぐらいの内容だったが、それ以上聞かなかった。いや、聞けなかったという方が正しい。


「よ、良信」

「あー、今回は早いねえ」


 突然、禍々しい存在が猛スピードで2人に近づいてくる。それを同時に察知して、対照的とも言える反応をした。

 ため息を吐いた良信は、固まっている聡見の腕を掴み引っ張る。


「絶対に離れないように着いてきて。振り返らないようにね」

「へっ」


 理解が追いついていないが、良信の言う通りに聡見は走り出した。後ろからずるっ、べちゃ、ぬる、そんな気味の悪い音が聞こえる。振り返りたい衝動に襲われたが、必死に我慢した。

 ただがむしゃらに走って、そして相手に追いつかれそうになる直前に、何とか目的の建物へ転がるようにたどり着いた。

 扉を閉めれば、粘着質なものがぶつかる衝撃が走った。それでも、中へ入ってこようとまではしない。


「っ、それで? あれは、なんなのっ?」


 息を切らしながら、聡見はその場にへたり込む。安堵と全力で走った疲れから、足に力が入らなくなっていた。

 荷物を置いた良信は、聡見に手を差し伸べる。そして立ち上がらせると、椅子に座るように促す。


「あれはね、この山の神様みたいな感じかな」

「神様? あれが?」


 良信が2人分のお茶を淹れて、落ち着いてから話を始める。聡見は驚き、飲み物が変なところに入りそうになった。大惨事はなんとか防いだが、聞き間違いではないかと信じられない気持ちで言葉を返す。


「まあ、今は祟り神みたいな感じかな。信仰を失った神は、自分という存在が消えたくないから祟るしかなくなる。そっちの方が畏怖を集めやすいし」

「だから、入らないように言われたのか」

「それは違うよ」


 長年の疑問が解決した気分だったのに、食い気味に違うと言われて聡見は知ったかぶりをした恥ずかしさに襲われる。余計なことは言わないでおこうと、口を閉じて良信に話をさせる。


「悪い噂を広めたら、それこそ戻せなくなる。悪いものは忘れさせて、弱まっているところを見計らって祝詞をあげるんだ。そうやって、なんとか元の神格に戻そうとしている途中なんだ。地道な作業だから、戻すまでにどのぐらいかかるか分からないけどね」


 どこか悲しそうに笑う良信に、聡見はたまらない気持ちになって黙るのを止めた。


「俺に出来ることはないか?」


 その言葉に良信は目を見開いて、そして柔らかく微笑んだ。


「そうだなあ。気がついた時でいいから、神様として祈ってくれると助かるかな」


 2人が建物から出たのは、それから数日後だった。良信がきちんと食料を用意していたおかげで、困ることは無かった。たまに外から粘着質な音が聞こえていたが、日が経つにつれて静かになった。音が聞こえなくなったタイミングで、外に出たのだ。

 扉を開けた瞬間、清らかな空気を感じて聡見は思わず深呼吸をした。


「今回はとみちゃんがいてくれて良かった」


 後から続いて外へと出た良信の言葉に、聡見は振り返って、その体を軽く小突いた。


「次も、その次も一緒に来るからな。ちゃんと誘えよ」

「……うん、ありがとうね」


 それから聡見は、できる限り毎日欠かさず山に向かって祈るようになった。良信はそんな姿を見て、いつも嬉しそうにしながら横で一緒に祈り出す。

 山の嫌な感じは、最近感じられなくなったようだ。


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