第16話 だるまさんがころんだ
たまにさ、後ろに気配を感じることない?
え、ない?
そっか、まあいいや。
昔から、そういうのをよく感じることがあってさ、でもすぐ近くからじゃなくてずっと遠くから徐々に来ているみたいで。
どんどん近づいてくるのが気味悪くて、対抗策として「だるまさんがころんだ」って言うようにしたんだ。
そうしたら、これが上手くいって。そう言いながら振り向けば、気配がどこかに消えるの。
だから、気配を感じるたびにやってたんだけど……ある日、気になったんだ。言わないでいたら、どこまで近づいて来るのかなってさ。
気になったら、もうやるしかないってなるでしょ。危なくなったら、魔法の言葉を言えばいいし。
そういうわけで、いつもは気味悪いそれが来るのをずっと待ってた。こういう時に限って、なかなか来なくてさ。何してるんだよって、文句言っていたら、やっと来た。
それが風呂場で髪を洗っている時なんだから、タイミングがいいんだか悪いんだか。
うわぁって、止めようかなとも思ったけど、一度決めたことを止めるのは格好悪いじゃん。
もうやっちまえって、近づいてくるのをまったわけ。
いつもは気づいたら消してるのに、じりじりと近づいてくるのを待つなんて、気が狂いそうだった。何やってるんだろうって、何度も後悔してたけど意地だったね。
近づいてくるにつれて、存在感は大きくなっていくし、やばい感じもビンビンした。
本当に危なくなったら、いつでも言えるようにって構えながらじっとしていると、姿は見えないけど笑ったんだ。
あ、これは駄目だ。
近づけたら駄目な奴。好奇心で、実験なんかしている場合じゃなかった。
後悔しながら、それでもまだ間に合うって振り返ったんだ。「だるまさんがころんだ」って言いながら。
そしたらそこには――
「……そこには?」
ごくりと誰かの喉がなる音が響く。
いい所で話を止めた男は、意味ありげに全員の顔を見ると口を開いた。
「間抜け面している男の顔があったんだとさ」
一瞬の静寂、わっと場が騒ぎ出す。
「なんだよそれっ」
「怖がって損したわ!」
「結局鏡でしたオチとかないって」
話に引き込まれていただけに、みんなは口々にっ文句を言う。しかし、その顔は安堵にみちていた。
話していた男は、ニヤニヤと笑って頭をかく。
「悪かったって。怖い話をしろって無茶振りするから」
大学の入学式が終わり、交流を深めるために10人ほどでカラオケ店へ行った。
一通り自己紹介などをした後で、誰かが怖い話をするように言い出したのだ。
そして、ノリのいい男が話した。
この様子を見れば、男が無茶振りをされたので作り話をしただけの、特に何も変なところはない場面だろう。
しかし、男からちょうど対角線上に座っていた聡見は、そちらが見られずコップだけが視界に入るようにしていた。
隣に座る良信は、残り少ないオレンジジュースを音を立ててストローで吸っている。
その体を聡見は小突いて、耳元で囁いた。
「なあ、あれってどういうこと」
あれというのは男を指していたが、視線は向けられなかった。それでも良信には伝わる。
「間に合わずに、取ってかわられたんだろうねえ。残念」
「残念って……なんで話を始めたら出てきたの?」
「話題を出すっていうのは、存在を認識することに近いから、押し込められていたのが姿を現せるぐらいは力をつけただけ。でも普通は見えないから、別に構わないって放置されている」
簡単に分かりやすく良信に教えられて、聡見は状況を把握した。しかし納得できたわけではない。
聡見が決して視界に入れないようにしている先には、男がいた。それだけではない。
男の後ろには、もう一人男がいた。
全く同じ顔。話をしてニヤけているのとは対照的に、必死に叫んでいた。
「俺を返してくれ! 返してくれよ!」
その叫びは、周囲に全く届いていない。聞こえているのは、聡見と良信だけ。
「……このままだとどうなる?」
「そうだねえ。完全に乗っ取られて消滅するんじゃない?」
「頼む、どうにかしてくれ」
同級生の中身が、得体の知れない化け物なんて嫌だ。講義を落ち着いて聞いていられない。
さすがに聡見は良信に頼む。
聡見に頼みを聞くと、ずずっと残り飲み干して、良信は口元に手を当てる。そして男の方を見ると、飛び跳ねるように立ち上がった。
「おっけー」
つかつかと、軽やかに男に近づく良信。
「だーるーまーさーんーがー」
周りとくだらないことを話していた男は、すぐ目の前で止まった良信を不思議そうに見上げる。そこで、危機感を抱いて逃げなかったのが敗因だった。
「こーろんだっ!」
良信は無防備な男の頭を鷲掴みにし、振り返らせるように動かしながら壁にうちつけた。
「がぁっ!?」
鈍い音が響く。
突然の事態に、状況の理解できずに静まり返った。
その後は、とんでもない騒ぎになった。
頭を打ち付けられた男は昏倒して、気を失った。これは暴行事件かと、警察が呼ばれそうになったところで目を覚まし、良信を訴えるどころか感謝しだしたので警察沙汰は阻止できた。
しかし、同級生の頭を意味もなく壁に打ち付けるヤバい奴として、良信は遠巻きにされた。その噂も、他のもっと酷い話が何度か出ているうちに忘れられていった。
聡見は、とりあえず同級生に化け物がいなくなったことに感謝して、何を言われようと良信とずっと一緒に過ごした。
あんなやり方で、除霊ができるチートな良信に呆れながら。
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