第43話 身代わり


 蒼太は友達の祐樹から、ある日お土産だと言われてストラップタイプの人形をもらった。糸で2頭身ほどの人間の形を模していて、ビーズで目や鼻や口を表現していた。

 お土産だとしても可愛らしいフォルムに、蒼太は顔をしかめる。


「なんだよこれ。女子じゃないんだから、もっと格好いいのが良かった」


 文句まで言う蒼太に対し、祐樹は眉を下げた。


「ご、ごめん。で、でもこれ、怪我とか身代わりになってくれるらしいよ」

「身代わり? そんなのありえないって、よく考えたら分かるよな。だからお前は馬鹿なんだよ」

「……うん、ごめん」

「恥ずかしくて付けられないけど、仕方ないからもらってやるよ」

「うん、大事にしてね。身代わりになるものだから……」


 おどおどと笑う祐樹に、蒼太は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「……あーあ。祐樹の奴、もっといいものをよこせよな。こんなのいらないって」


 家に帰ってきた蒼太は、もらったストラップを勉強机に放り投げた。漫画やお菓子のゴミ、教科書などが乱雑に置かれているので、ストラップは紛れ込んでしまう。しかしどうでもいいと、蒼太はすぐにそのことを忘れた。




「っ!?」


 それからしばらく経った頃、蒼太は体育の授業中にふざけていて階段で転んでしまった。

 石段の一番上からだったので、大怪我を覚悟して目を閉じる。誰かの悲鳴を聞きながら転げ落ちた蒼太の元に、先生を含めみんなが駆けつけた。


「おい! 大丈夫か!?」

「う、うう……あれ?」


 呼びかけに呻き声をあげた蒼太は、体が全く痛くないのに気づく。起き上がって確認してみても、怪我ひとつない。


「大丈夫です。どこも痛くありません」

「いや、あの高さから落ちて、どこも痛くないなんてありえない。頭を打って分からなくなっているんじゃないか。とりあえず保健室。その後病院に行くぞ。保護者の方にも連絡しなくては」


 蒼太は何度も平気だと言ったが聞き入れてもらえず、そのまま病院に運ばれて検査を受けた。その結果、階段を落ちたとは信じられないほど無傷。念の為CTスキャンも受けたが、正常と判断された。


「本当に階段から落ちたんですよね? 仮に上手く受身をとっていたとしても、ここまでかすり傷ひとつないのは……不思議としか言いようがありません」


 蒼太を検査した医者も驚いていて、転んだ事実を疑ったほどだ。とりあえず安静にして様子を見るように伝えられ、呼ばれて来た母親と共に家へと帰る。怪我がなくて良かったとはいえ、先生も母親も首を傾げていた。もちろん、当の本人もだ。

 全く痛みがない体に君の悪さを感じていると、ふと祐樹からもらったストラップの存在を思い出す。

 ――身代わりになると言っていたが、まさか。違うと思いながらもストラップを探し、見つけた蒼太は驚いた。立っている状態の体勢をとっていたはずなのに、腕や足が変な方向に曲がり、ところどころ糸がほつれている。いくら放り投げたとはいえ、ここまでダメージを受けるはずがない。


「……俺の身代わりに、怪我を受けたんだ」


 すぐに事実を結びつけた蒼太は、ニタリと笑った。


「これ、凄く便利じゃん」


 そして、ストラップを再び机に置いた。



 その日から蒼太は、無茶な行動を取るようになった。小学校高学年とはいえ、まだまだ子供。人が出来ない危険なことをすれば、格好いいとヒーロー扱いを受ける。

 2階から飛んだり、蜂の巣に石を投げたり、ロケット花火を手に持って飛ばしたり、蒼太はなんでもした。怪我を恐れる必要が無いから、やりたい放題だった。

 たまに人形を見るとどんどんボロボロになっていて、それを申し訳なく思うよりも、自分が無傷なことが楽しくて仕方なかった。


「これからも、俺の身代わりよろしくな」


 人形を雑につつきながら、蒼太はハハッと笑った。


「そ、蒼太君。ストラップ、大事にしてくれている?」


 調子づいている蒼太に、祐樹が久しぶりに話しかけた。最近一緒に遊んだりすることがなく、蒼太は完全に存在を忘れていた。ストラップをもらったことすらも、記憶の奥底にしまいこんでいた。

 祐樹は目立たず、ひ弱な性格だ。一緒にいるのを見られれば、からかわれる。蒼太は舌打ちをしながら、人気のない場所へ連れていく。


「みんなもいるところで話しかけるなよ。ノリが違うんだから、そういうの困る」

「ご、ごめん。気をつけるよ。それよりも、人形を大事にしてくれている?」

「大事にしてるって。だって、俺の代わりに怪我を引き受けてくれるんだから、大事にしているに決まってるだろ」


 蒼太の答えに、祐樹は目を細めて笑う。


「ああ、やっぱり。蒼太君は分かっていないね」

「は? 何言ってるんだよ」


 眉間にしわを寄せ威嚇するが、祐樹は全く怯えた様子を見せない。いつもならすぐに謝るはずなのに、むしろおかしくてたまらないといった感じだった。


「身代わりをずっとし続けるなんて、そんなのありえない。蒼太君だって、言ってたよね。いつかは限界を迎えて、そして最後には全部戻ってくるんだよ」

「……どういうことだよ?」

「蒼太君は馬鹿だねえ。どれだけ怪我を引き受けてもらった? 人形が耐え切れるはずないよ。そろそろ壊れるんじゃない。ははっ、いい気味」

「お前っ」

「近づかないで。近づいたら、こっちだって考えがあるから」


 掴みかかろうとした蒼太に、祐樹はカッターを取り出し刃を向ける。鋭く光る切れ味の良さそうな刃に、蒼太は動けなくなった。


「そうそう、大人しくしてて。あとどれだけ傷ついたら、全部自分に返ってくるから分からないよ。それじゃあ、せいぜい壊れないように大事にしなね」


 カッターを使う気はないようだったが、自分を守るために蒼太に向けたまま、祐樹は清々しい表情で去っていった。


「なんだよ。なんなんだよ。おかしいんじゃないの、あいつ」


 取り残された蒼太は、文句を言いながらうなだれた。しかし時間が経つにつれて、冷静に考えられるようになった。


「はっ、どうせハッタリだな。もし本当でも、怪我をしなきゃいいんだろう」


 一人で納得している蒼太。そこにクラスメイトが通りかかった。グループが違い、あまり関わりたくないタイブなので無視したが、向こうから話しかけてきた。


「ちゃんと大事にしなよ。後悔するから」

「お、おい。どういうことだよ」


 言いたいことだけ言い、後は引き止めても無視して消えた。呆気に取られたが、蒼太は気を取り直して家へと帰った。



「あれ? どこいった」


 祐樹の言葉を気にしたわけではないと、自分に言い訳しながら蒼太は人形を探していたのだが、全く見つからなかった。次第に焦る蒼太は、母親のところへ行く。


「お母さん。俺の机にあった人形のストラップ知らない?」


 夕飯の支度をしていた母親は、その問いかけに対し鍋に火をかけながら答えた。


「ああ、あれ。なんかボロボロで汚かったから、今日燃えるゴミに出しちゃったわよ」


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