第44話 降霊術
女子生徒の間でコックリさんが流行った際、良信に何回か声がかかった。
寺育ちで、何かあった時に力になりそう。仲間に入れれば、コックリさんがすぐに来てくれそう。彼女達はそんな軽い気持ちで呼んだのだが、相手が悪かった。
一般的な男子生徒であれば、女子の輪に入れるだけで嬉しがるが、良信はそういうタイプでは無い。やるかやらないかは気分で決める。
そして誘われた時は、気分が乗らなかった。
「変なの呼び寄せないうちに、早く帰った方がいいよ」
忠告を言うと、そのまま興味なさげに帰って行った。付き合ってくれない苛立ちを向けられることとなったのは、まだ帰る準備の終わっていなかった聡見だった。
「ねえ、遠見君。遠見君は一緒にやってくれるよね?」
断ったら総スカンをくらいそうな雰囲気に怖気づき、この頃はまだ上手いあしらい方を知らなかった聡見は、気がつけば参加することになっていた。
五十音とはいといいえ、鳥居の書かれた紙を女子生徒3人と共に囲み、10円玉にそれぞれ人差し指を置く。
どうしてこうなったんだと、何度も現実逃避しかけるが、そのたび敏感に感じ取られ鋭い視線を向けられた。
こんなことなら荷物など放っておいて、良信と共に教室を出れば良かった。いつもなら下校も一緒だが、今日はタイミングが悪く用事があるのでそれぞれ別に帰ることになっていた。待つのに焦れた良信が、教室に戻ってくることはない。
視線にさらされながら、聡見は必死に空気を合わせようとした。
「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになりましたら『はい』へお進みください」
全員で声をそろえて唱える。聡見も微かな声量で言っていたが、また睨まれたので慌てて大きくする。指を重ねているのに、全くときめかないシチュエーション。
自分が動かしてやろうかと思いながら、聡見はピクリともしない10円玉を見つめた。どのぐらい駄目だったら諦めるだろう。終わりにしようよ提案したらブーイングが起こりそうだ。言い出せないまま、機械になったがごとく口を動かし続ける。
「あ」
誰かが声を出したのをきっかけに、ゆっくりと10円玉が動き始める。やっているのは聡見ではない。一番上に指を置いているため、動かしているのが人為的なものなのか判断できなかった。
しかし、こういうのはやっている人の中に犯人がいることが多い。それが故意か無意識か判断に困るところである。
動いてしまったからには、もう少し付き合わなければ。テンションが上がる周囲とは反対に、聡見はため息をつきたい気分だった。
「コックリさん、コックリさん、どうぞ教えてください。庄司先生に彼女はいますか?」
「明日抜き打ちのテストはありますか?」
「私は志望校に合格できますか?」
質問は他愛のないものばかりだった。全てはいという答えが返ってきて、きゃあきゃあ喜んでいる。聡見も質問するか聞かれたが、首を横に振った。
やろうと決めたはいいが本当に動くとは思っていなかったのか、用意していた質問が尽きる。もうそろそろ終了という空気が流れて、代表して一人が口を開いた。
「コックリさん、コックリさん、どうぞお戻りください」
これで10円玉が『はい』に進み、鳥居へ行けば無事終了である。しかし、そう簡単にはいかない可能性があった。きちんと終わらせないと、コックリさんに祟られてしまう。終わらせ方が重要になってくるのだ。
何事もなく終わってくれ。聡見は祈るが、こういうのを一般的にはフラグと言う。
10円玉は迷いなく動き、『いいえ』で止まった。
「え、どうして」
「も、もう一回お願いしてみよう」
「う、うん。……コックリさん、コックリさん、どうぞお戻りください」
震える声でやり直したが、結果は変わらず『いいえ』だった。みんなの表情が一気に青ざめて、助けを求めるように聡見に視線を向ける。
何故自分を見るのだと思いつつ、唯一の男子だからだろうと答えを導き出す。ふぅっとため息のように吐き出すと、口を開いた。
「……コックリさん、コックリさん、どうしたらお戻りいただけますか?」
相手が帰らないのは何か要求があるから――そう当たりをつけて尋ねれば、10円玉に動き始めた。文字の上を移動して何度か止まる。
それを順に読むと、意味のある言葉になった。
きょ、う、こ、を、い、け、に、え、に、す、れ、ば――京子を生贄にすれば。
「わ、私?」
この中で京子というと一人しかいなかった。グループのリーダーで、みんなを引っ張るタイプ。コックリさんをしようと言い出したのも、彼女の提案だった。
最初は楽しそうにしていたが、予測できない事態と名指しされたことで、今にも倒れそうだ。
「生け贄なんて嫌よ。誰か悪ふざけで動かしているんでしょ。今なら許すから正直に言って」
それでも一人一人を睨みつけ、犯人を見つけ出そうという気力は残っていた。しかし、自分こそが動かしていると言い出す人はいなかった。
このやり取りをしている間にも、10円玉は動く。
京子を生け贄に
早く
京子
京子
京子
京子としか動かなくなった10円玉。それを見つめていることしか出来ず、ただ固まっていると京子が耐えられなくなったらしい。
「もう嫌っ! こんなくだらない遊びは終わりよ!」
叫んだかと思えば10円玉から手を離し、用紙を掴んでビリビリに破いた。細かくなった紙を床に捨てて、興奮から肩で息をしている彼女に、誰も話しかけられない。その時、聡見は見てしまった。
怒りの表情を浮かべている京子の周りに黒いモヤがまとわりつき、そして体に吸収されていく光景を。
目撃したのは聡見だけだった。そちらに気を取られている間に、京子はカバンを持って出ていく。2人がその後を追って、教室に残ったのは聡見ともう1人だけになった。
さすがに紙をそのままにしておけず、箒を使って片付けを始めると手伝ってくれた。
「ここは俺が片付けておくから、あっちに行っても平気だけど。向こうが心配だろ? えっと、佐々木さん」
あまり関わりがないので、合っているのか心配だったが間違っていなかったらしい。眼鏡におさげ髪の佐々木は、小さく首を振った。
「私が行かなくても平気だよ。それよりも片付けなきゃ。ごめんね、遠見君。変なことに付き合わせちゃって」
「あー、まあ。まさかこんなことになるとは思わなかったから、さすがに驚いた」
「そうだね。あれは……京子ちゃん、コックリさんに祟られちゃったかも。私達も危ないかな。結局、きちんと終わらせなかったし」
「それは大丈夫じゃないか」
聡見は、自分の身は安全だという確信を持っていた。全て見ていたからだ。
コックリさんは、近くにいた低級霊が呼ばれることが多い。それなら、聡見には何かしらの人ならざるものが見えるはずだった。
しかし、コックリさんが来たと10円玉が動いていた時、何も嫌な気配は感じなかった。おかしなことが起こったのは、京子の体に黒いモヤが現れたあの時だけだったのだ。
京子は自分から良くないものを引き寄せた。そしてそれを誘導した人物がいる。
「良かった。遠見君がそう言ってくれたら安心だね」
はにかむ佐々木の目の奥に、聡見は先ほどと同じ黒いモヤを確かに見た。
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