第42話 遊戯


 良信の寺には、子供達が遊んでいることがある。敷地が広いので、かくれんぼや鬼ごっこにぴったりなのだ。

 良信のところへ遊びに行った時に、聡見も何度か見かけていた。


 子供は元気でいいな。聡見は、自分のことを棚に上げて感心していた。見ていて微笑ましく思いながら、脇を通り過ぎるぐらいの関係だった。



 その日は、良信の家に行くまで散々だった。

 いつもの道が工事で通れず、歩いている途中で顔すれすれに鳩の糞が落ちてきた。ぶつからなかっただけマシだったと自分を慰めていたところで、水撒きの水が直撃した。撒いていた女性は、謝るかと思えば通りかかった聡見が悪いような言い方をしてきた。

 別に水をかけられたのを怒っていなかった聡見だったが、その態度にはカチンとくる。ただ言い争いをしたくなく、文句をぐっと飲み込んだ。そしてこれ以上何かが起こる前に、その場を立ち去る。後ろから小さく舌打ちされたが、聞き間違いだと無視した。

 濡れた服が張り付いて気持ち悪いが、時間が経てば乾くと怒りを鎮めた。良信の家に行くだけなので、別に濡れていても構わない。

 冬じゃなくて助かった。できる限り肌に触れないように膨らませながら歩いていれば、寺に着いた。

 子供達のはしゃぐ声が、階段の途中から聞こえてくる。今日は遊びに来ているみたいだと思っていれば、階段の一番上に6歳ほどの男の子が立っていた。坊主頭に着物、昔の子供みたいな見た目に、聡見は見てしまって大丈夫かとまっさきに思った。しかし平気だと、すぐに考え直す。

 神社や寺などは神聖な場所で、そこに悪いものが入ってくることはほぼない。つまりは人間ではなかったとしても、害のある存在では無い。

 目が合ってしまったが、きっと悪いようにはならないと安心する。


「こんにちは」


 とりあえず何も言わないのは変だろうと、聡見は子供に挨拶した。大きな目でじっと見ていた子供は、その瞬間ぱっと顔を輝かせる。


「あそぼ!」

「うおっ!?」


 階段を駆け下り、聡見の腕を掴んだかと思えば、勢いよく引っ張った。転びそうになる体をなんとか踏ん張って、階段を勢いよくのぼる。そのまま腕を引かれ、連れていかれた先には4人の子供がいた。3歳から6歳ぐらいまでの男女で、髪型は坊主がおかっぱで着物のため一気にタイムスリップした気分になる。

 連れてこられた聡見に警戒するかと思いきや、顔を輝かせて輪の中に入れる。聡見もなんとなく邪険にできず、遊びに参加することになった。危険が迫れば良信が助けに来てくれると、根拠のない自信もあったのだ。



「ごめん、そろそろ遊ぶのは終わりにしないと」

「そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」


 鬼ごっこやかくれんぼをして遊んで休憩していたのだが、さすがに良信のところへ行かないとまずいと思い子供達に告げる。引き止められるかもしれないと心配していたが、意外にもあっさりとしていた。

 拍子抜けしつつも気が変わらないうちに、子供達と別れることにした。


「それじゃあ……えーっと」


 また遊ぼうと続けかけた言葉を、聡見は飲み込む。いくら悪意がなかったとしても、次の約束はするべきではない。良信にも前に注意をされたことがあったので、次の言葉に迷っていたら察した子供が口を開く。


「ばいばい。お兄ちゃん、優しかったからいいことしておくね」

「ばいばい。えっと、ありがとう?」


 いいことが何かは聞けず、聡見は手を振って離れた。数歩進むと、子供達の声が聞こえなくなる。後ろを向けば、そこには誰もいなかった。


「やっぱり普通の子供じゃなかったか……」


 行動を間違えなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、聡見は良信の元へ走った。



「そんなに面白いことになってたなら、呼んでくれても良かったのに」

「それどころじゃなかったんだよ。っていうか、敷地内にいたんだから遊んだことあるんじゃないのか?」


 良信に起こったことを話すと、羨ましそうにしたので首を傾げる。聡見よりも関わる機会が多いはずなのに何故と考えていれば、そんな思考を読み取ったのか良信が答えた。


「あの子達は気まぐれだから。気配は感じていたけど、遊んだことは無いよ。とみちゃんは気に入られたんだね」

「……それっていいことなのか?」

「忠告を守って約束をしなかったし、悪いようにはならないよ。それに、いいことしておくって言われたんでしょ」

「結局、あの子達は何者だったんだ?」


 その質問に、良信は答えなかった。知らないのか、知っているがあえて言わなかったのかは不明だ。


 寺から帰る途中、救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎて行った。止まった場所は聡見も知っているところだったが、その事実を彼は知らない。

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