第41話 宿


 子供というのは怖いもの知らずで、普通では考えられない突拍子もない行動をする。危険な場所にも何も考えず近づいたりするので、保護者からすると目を離せない存在だ。

 その点、聡見は早くから危機管理能力を備え付け、危ない場所には決して行かなかった。他と比べるとお行儀のいい聡見に、両親はしっかりした子だと感心した。聡見は隠すのが非常に上手かったので、人とは違うものが見えているのは気づかれていなかった。

 聡見一人であれば、危険なものを回避出来た。しかし周囲の人に巻き込まれ、良くないものに遭遇してしまうことが何度かあった。



 聡見の家では、年に一度ぐらいのペースで泊まりの旅行をする。父親の長期休みに合わせて、国内のどこかへ行くのだ。

 観光を目的としているので、泊まる場所はホテルや旅館など、その時によって違う。それは別に構わなかったが、聡見の両親が選ぶ宿は高確率で良くないものがいた。あまりにも多いので、聡見がある程度大きくなってからは選ぶのを変わったぐらいだ。

 しかしある年、聡見が学校行事などで忙しかったせいで、やむなく両親が宿を予約したことがあった。

 ホテルだったが、着いた途端に聡見は駄目だと感じた。中に入らなくても、良くない雰囲気を察した。

 ここは外れだ。しかも、今までで一番悪いレベル。久しぶりに両親が選んだせいかと、聡見は頭を抱える。

 キャンセル料を取られるのを覚悟して、今日は別の場所に泊まろう。泊まるぐらいだったら、お金を払った方がマシだ。

 両親を上手く丸め込められる自信のあった聡見だったが、そう簡単に事は運ばなかった。


「他のホテルや旅館は、本日満室となっております」


 近隣で大きなイベントをしている影響で、宿泊施設はどこも満室だと告げられて、聡見は何かしらの力が働いているのではないかと疑う。

 他に空きがないなら仕方がない。さすがに野宿が無理だ。

 フロントで肩を落とした聡見に、詳しい事情を知らない両親は励ましの言葉をかける。


「そんなに落ち込まないの。ここだっていい所でしょう」

「そうだ。夕食はバイキングがあるし、大浴場にも入れる。わざわざ他を探す必要なんてない」

「……うん」


 従業員の前でする話ではなかったが、気にする余裕もないほどショックを受けていた。いくら嫌だと主張したところで困らせるだけ。聡見は諦めてチェックインした。


「なかなか広い部屋ね。景色も綺麗」

「ああ。これで料金も安いなんて、お得じゃないか」


 元気の無くなった聡見のために、両親は色々と話しかけているが内容のせいで逆効果だった。

 確かに3人で泊まるにしては広々とした空間に、窓から海の見える景観は素晴らしい。それなのに料金が安いのは、安くする理由があるからだ。

 聡見は荷物を置くと、気づかれないようにかけられていた絵画の裏を確認する。そこには予想通り、御札がびっしりと貼られていた。

 今どき、こんなに分かりやすくて大丈夫なのか。聡見は逆に心配してしまう。

 いわく付きが確定して、聡見はさらに沈みそうな気持ちを必死に盛り上げようとする。せっかく旅行に来たのに、自分が暗いままでは楽しめなくなってしまう。何も感じとっていない両親からすれば、突然機嫌を悪くしたようにしか見えない。

 御札が貼ってあるからとはいえ、何かが起きるとは限らない。沈んでいると逆に変なものを寄せ付けてしまうので、考えるのを止めた。嫌な雰囲気がまとわりついている感じがするのは、気のせいだと惚けた。


 バイキングや大浴場など、他の場所でおかしなことは起こらなかった。

 良くないのは泊まる部屋だけ。しかし、そこが一番いてほしくないところだ。

 浴衣を着た聡見は、父親にビールを注ぎながら自分も酔って明日まで熟睡出来ればどれほど楽だろうと、羨ましく思っていた。未成年でなければそうしたのに。あと数年が歯がゆい。

 睡眠薬を持ってくれば良かった。後悔するが遅い。ため息を小さく吐く。

 母親も旅行の解放感からか、普段は飲まないのに一杯付き合っている。どちらも酒に強い方ではないため、頬が赤くなっていた。


「ちょっと飲みすぎたな。明日に響くと困るから、そろそろ寝るか」

「それもそうね。私もなんだか、凄く眠くなってきたわ」


 22時を過ぎた頃、大きなあくびをして2人は寝ようと言い出す。そのまま返事を聞かずに、後片付けや準備を済ませると布団に入ってしまった。

 全く眠気が無いどころか、むしろ目が冴えてしまった聡見は、寝息の立てている2人を起こすわけにもいかず、のろのろと自分も布団に入った。

 布団を頭までかぶるが、真っ暗な空間でも眠れそうにない。スマホで時間を潰す手もあったが、明かりを出したくなくて止めた。何か来たとしたら目印になってしまう。

 寝ようと思えば思うほど、眠気が遠ざかっていく。徹夜も覚悟して、聡見は念の為に持ってきたカバンを引き寄せて中に入れる。

 カバンの中には着替えなどが入っていて、手を突っ込んで探っていると何かに当たった。とても小さなもので引きずり出すと、思わず口元に笑みが浮かぶ。

 手の中にあったのは、ビー玉だった。光にかざせば、キラキラと青い模様が見える。元々は聡見のものではなく、旅行の計画を話した時に良信が渡してきた。


「これを見て、思い出してくれれば嬉しいな」

「なんだそれ。ま、お土産楽しみにしておいてくれ」


 そんな会話をしたことを思い出し、聡見の緊張が少しほぐれる。手のひらに収まってしまうぐらいの、小さなビー玉。しかし握りしめているだけで、聡見は守られている気がした。

 緊張が上手くほぐれたからだろうか、気がつくと聡見は寝ていた。



 両親よりも早く目を覚まし、布団から出た聡見は驚いて悲鳴が出そうになった。布団が一面、真っ赤な手形で埋め尽くされていたのだ。鉄臭さに、聡見は顔をしかめた。

 熟睡していたため、聡見はこんなことが起こっていたのに気がついていなかった。

 絶句して固まっていたら、両親が起きてしまいそこからはパニックになった。一体どうしたのかと聞かれても聡見は上手く答えれず、あいまいにごまかした。

 普通であれば、布団が血まみれになっていたのだ。ホテルの方から何かしら言われそうなものだが、チェックアウトした時に布団の件を伝えてもスルーされて終わった。ただ、料金がさらに安くなった。

 両親もさすがにおかしいと感じていたようだったが、今まで経験したことの無い状況に忘れることにしたらしい。それがいいと、聡見もあえて話題にしなかった。



 帰ってきた聡見は、お土産の温泉まんじゅうを良信に渡しながら、その出来事をついでに話した。まんじゅうはお気に召したようで、良信は聞きながら顔を緩ませて食べていた。


「もしかして、これのおかげで大丈夫だったのか?」


 聡見はポケットからビー玉を取り出す。光にかざすと綺麗に輝いている。平気だった理由が、これ以外に思いつかなかった。


「そうだね。持っていたから、よく眠れたんだと思うよ。役に立ったようで良かった」

「‎一応聞くけど、これを持ってなかったらどうなってた?」


 聡見の質問に、まんじゅうを放り込みながら良信は目を細める。


「何となく分かるけど……聞かない方がいいと思うよ」


 その言葉に、聡見も深くは聞かず温泉まんじゅうを一緒に食べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る