第40話 幼なじみ


 ――廃病院に一人で行っては駄目。帰ってこられなくなるから。


 志緒はその廃病院に来ていた。自分の意思で来たわけではない。無理やり連れてこられたのだ。


「早苗、やっぱり帰ろうよ」

「何言ってるの。ここまで来て帰れるわけないじゃん」

「でも……」

「もう、志緒はビビりなんだから。本当、私がいないと駄目だよね」

「は、はは……ごめん」


 幼なじみの早苗は、昔から自分のしたいことに志緒を巻き込んでいた。志緒が控えめな性格なのも彼女を調子づかせる理由となり、口癖は私がいないと駄目だった。

 志緒も長年抑え続けられた結果、早苗に反抗する気力さえも湧かないぐらい従順になった。

 歪な関係性だが早苗の外面がいいせいで、友人や先生、格差があるのに親でさえも気づいていない。早苗のいいように使われているとは分かっていても、志緒は従順になっていた。

 志緒は怖いものが嫌いだ。特集番組が放送されていたら、すぐにチャンネルを変える。怪談は聞きたくないし、肝試しなんて絶対にやりたくなかった。

 しかし早苗には逆らえない。本当に嫌なので何度もそれとなく帰宅を促していたが、意気地無しと笑い飛ばされて終わった。

 廃病院の噂は有名なので、早苗が考え直してくれるように願ったが無駄だった。それなら一人で帰ればいいのにと思われそうだが、後が怖いのに出来ない。


「一周するだけだから、大丈夫。もし危なそうだと思ったら、すぐに逃げればいいし」


 すぐに逃げればいいと簡単に言っているけど、志緒が運動音痴なのを考慮に入れていない。先に逃げられて置いていかれる未来が想像出来て、志緒は気づかれないようにため息を吐いた。

 一度決めたら、何を言ったところで止まらない。特に志緒の説得を聞いた試しがなかった。

 どうしてこんなことになったのだろう。志緒は嘆くが、早苗に腕を引っ張られて思考すらも中断させられた。



 廃病院は、かつて内科とその他諸々の科を診ていたところで、入院患者を受け入れていたのもあり、まあまあな規模があった。

 3階建てで、1階は診療室、2階は病室、3階は関係者専用の部屋と分かれていた。

 早苗があらかじめ調べていて案内しながら進んでいるが、志緒は生きた心地がしなかった。とにかく早く回って帰りたい。1秒でも滞在を短くしたい。

 その一心で、なんとか早苗に相槌を打っていたのだが、その努力を嘲笑うかのように爆弾が落とされた。


「最後は霊安室だね」

「れ、霊安室? そんなところがあるの?」

「当たり前じゃん。内科だって人が亡くなることがあるんだから。霊安室だってあるよ」

「でも……さすがに……」

「ここまで来たのに、帰るとかありえないから。ほら、さっさと行こう」


 荒れ果てて、ゴミや器具が散乱している部屋を見て回るのだって怖かったのに、霊安室だなんてありえない。絶対に嫌だから反対しても、早苗は聞く耳を持たなかった。


「うわあ……結構、雰囲気があるかも」


 霊安室というプレートがある部屋。その前に着くと、さすがの早苗も少し恐怖を感じたらしい。笑おうとしているが、口元は引きつっていた。


「も、もういいよね。早く帰ろうよ」


 志緒は早苗の服を掴み、震えながら必死に訴える。もう十分だ。ここまで付き合ったのだから、機嫌を悪くする理由はもうないはず。

 そんな志緒に対し、早苗は首を傾げた。


「何言ってるの。志緒は今から、一人で中に入るんだよ」

「え……何言ってるの」

「だって、一人で行かないと意味無いでしょ。そうしないと、噂の真相を確かめられないから」


 一人で行ったら帰ってこられなくなるという噂。志緒も聞いてはいたが、それが霊安室とまでは知らなかった。


「……本当だったら、どうするの」

「それはそれで面白いでしょ。うそうそ、冗談だって。噂が嘘だって確かめたいだけ。ちょっと行くだけだから。志緒ならやってくれるって信じてるよ。ね?」


 志緒が行くと疑わない早苗。その姿を見て、志緒の中で何かが変わった。


「うん、分かった」

「そう来なくっちゃ」


 志緒が頷くと、早苗は笑いながら霊安室の扉を開けた。

 開かれた先――そこに向けて志緒は、早苗の背中を思い切り押した。


「きゃあ!?」


 叫び声とともに、前のめりに転んだ早苗。何が起こっているのか分からないうちに、志緒は扉を閉める。そして近くにあった大きなソファを引きずって、扉の前に置いた。他にも重量のあるものを置いていく。外開きの扉は開かなくなった。


「志緒! 何してるの! 開けてよ!!」


 中から早苗が扉を叩きながら必死に叫ぶが、志緒は返事をしない。そして絶対に開けられなくなったのを確認すると、叫び声を無視しながらその場から立ち去る。



 廃病院の門。

 志緒が出たところで、2人組の男子高校生とぶつかりそうになった。


「おっと、悪い。怪我はなかったか?」

「大丈夫です」


 そこまで衝撃は無かったので、転ぶほどではなかった。怪我の心配をする相手に、志緒は頭を下げてさっさと行こうとする。しかし、相手が呼び止めてきた。


「あ、ちょっと。今、ここから出てきたみたいだけど、中に入るのは良くない。噂を知っているだろう?」


 心配混じりの忠告を受け、志緒は振り返って笑う。


「大丈夫です。一人で来ましたけど、ちゃんと帰ってこられましたから」


 そう言って、後は話を聞かずに歩いていき、路地を曲がって姿を消した。

 残された2人――聡見と良信は彼女はいなくなった後も路地を見ていたが、少しすると興味を失い帰っていった。


 こうして、中で必死に助けを求めている声は誰にも届くことなく、しばらくすると聞こえなくなった。

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