第59話 変わるDVD


 観る人によって内容が変わるDVD。

 それを同級生が持ってきた時、聡見は思わず顔をしかめた。


「俺がいないところで勝手に観てくれ」


 多少は仲がいい相手でも、それはそれ。嫌な予感しかしない物に、自ら進んで関わりたくなかった。

 聡見の強い拒絶に、クラスメイトはまったく怯まず、無理やり彼と肩を組んだ。


「そんなこと言うなって、みんなで試しに観てみるんだ。誰がどんなものを観るか気になるし、人数が多い方が絶対に面白い!」


 これは、何を言ったところで引いてくれない。面倒な奴に絡まれてしまった。聡見はげんなりとする。


「いつどこで何人で観るつもりだ」

「おっ、遠見もノリノリだな。放課後、視聴覚室で、今のところはえーっと……俺達含めて5人かな」


 すでに自分も頭数に入れられている。諦めの境地に達した聡見は、無になりながらも口を開いた。


「参加するなら条件がある」




 あれから他にも誘われたようで、放課後視聴覚室には8人が集まっていた。全員男子である。女子も誘ったが、誰も参加しなかったためだ。

 聡見は隅の椅子に座り、テーブルに頬杖をつく。面倒くさい気持ちを前面に出して、ぼんやりとしていた。


「あれー、とみちゃんおねむ?」


 その隣に座った良信が、聡見の頬をつついて笑う。痛くない力加減なので好きにさせながら、大きなため息を吐いた。

 DVDを観る条件として、聡見は良信の参加を求めた。不思議を通り越して変な奴と思われているので、渋られたが何とか押し切った。いなければ帰ると言ったのも効いたらしい。

 どんなものでも、良信さえいれな大丈夫。絶対の信頼を置いているため、聡見はこうして気を緩められた。


「眠いんじゃなくて面倒くさい。ごめんな、こんなことに巻き込んで」

「とみちゃんからのお願いなら、なんでも聞いちゃうよ。それに一人だと危ないかもしれないからね。一緒にいた方が安心出来るでしょ」

「……ありがとう」


 巻き込まれた形なのにも関わらず、良信は不満を持っている様子はなく、むしろ嬉しそうだった。自分に頼られて喜ぶなんてと、聡見もむずがゆい気持ちになる。

 もごもごと不明瞭な礼を口にすれば、さらに良信は嬉しそうに笑った。

 そんなやり取りをしている間に、セッティングが終わった。聡見を誘ってきたクラスメイトが、リモコンを片手に話し出す。


「それじゃあこれから、観る人によって内容が変わる呪いのDVD鑑賞会を始める。どんなものが映ったか、みんな教え合うのが目的だから、遠慮なく言ってくれよ」


 呪いのDVDだなんて、誘う時には言っていなかった。嫌な予感が的中していて、聡見は頬杖を止めて背筋を伸ばした。隣に良信がいるから帰らなかったが、後で文句を言おうと心に決めた。

 集まった人達は、呪いのDVDと言われても怖がった様子はなく、むしろ盛り上がりを見せた。どうせ偽物だろうと思いながらも、大人数で集まって見る雰囲気を楽しんでいるのだ。


「よし、始めるぞ」


 盛り上がっている場に満足そうにしながら、リモコンを操作して再生ボタンを押す。

 誰かが電気のスイッチを消したので、カーテンが閉まっている教室内は暗くなった。前方のスクリーンに現れた映像だけが光源である。

 騒いでいた人達も徐々に口を閉じ、呼吸や身動ぎする音ぐらいしか聞こえなくなった。なんだかんだ言って、緊張しているのだ。

 聡見も例外ではなく、どうか偽物であってくれと願いながらスクリーンを見る。ここまで来たら、目をそらしていられない。何が起こるのか、しっかり自分の目で確認したかった。良信がいるからこそ、出来る行動である。

 ジーッと、プロジェクターから動作音が鳴っている。しかしスクリーンには、まだ何も映らない。ただ真っ白なだけだ。

 始まっていないのか判断がつかない聡見が何も言えずにいると、手に何かが触れた。

 冷たい温度に驚いて悲鳴をあげかけたが、それが良信の手だと分かり引っ込める。重ねられた手に、一体どういうつもりかと視線を向けた聡見は驚く。


「ど、どうした?」


 スクリーンから反射する光に照らされた良信は、いつもとは様子が違っていた。目を見開いて、一切まばたきをしていない。聡見には分からなかったが、顔色も悪かった。

 聡見の視線にも呼び掛けにも気づいておらず、ただじっとスクリーンを見ていた。鬼気迫る姿に、聡見は再びスクリーンに視線を移した。

 しかしそこには、白い画面が拡がっているだけ。何も出てこないし、何も変わらない。見えていないのは自分だけかもしれないと、みんなの反応を確かめてみる。

 大多数が困惑やガッカリした表情を浮かべていて、誰もお化けが映ったとは言い出さない。聡見と同じく、ただの真っ白い画面を見ている。

 良信だけ、別の何かが画面に映っている。それが何か。聡見は問いかけようとした。

 しかし急に電気がつき、そちらに意識がいってしまう。


「なんだよ、何も映らないじゃん。みんなも変化なしだよな?」


 電気をつけたのはクラスメイトで、不満そうな顔をしながら再生を止めた。他の人達も口々に何も映らなかったと文句を言って、騒ぎ始めた。緊迫感などないだらけた空気に、聡見はどうしようか困ってしまう。


「本物だってお墨付きだったから期待してたのに、後で文句言っとくから。ごめんな。わざわざ集まってもらったのに」


 機械からDVDを取り出し、謝罪をするクラスメイト。穴に指を通してクルクル回していたが、それを取られる。


「へ」


 間抜けな声と共に、DVDが割れた。事故ではなく、いつの間にか近づいていた良信が床に落として踏んだせいだ。

 しかも一回ではなく、無表情で何回も。

 突然の行動に、再び静寂が訪れた。誰もが動けない中、聡見は勢いよく立ち上がり良信の元へ行く。そして腕を掴むと、早口でまくしたてた。


「悪いちょっと足が滑ったみたいだなんだか具合が悪いらしい早く休まなきゃ後で弁償でも何でもするから俺達は帰るな」


 相手の返事を待たず、良信を連れて視聴覚室から出た。こういうのは逃げたもん勝ちだ。みんながショックから抜け出した頃には、二人は学校からも遠ざかっていた。

 引きずられるように歩く良信は何も言おうとしなかった。きっと自分からは話さないと、聡見から質問する。


「それで? 何を観たんだ?」


 歩みは止めないまま聞けば、少しの沈黙があり、そして良信が笑った。


「なんのこと? 何も映らなかったって、みんなで文句言ってたでしょ」


 軽口を叩いているが、微妙に声が震えていた。きっと表情も取り繕えていない。前を歩いているから見えていないけど、聡見は確信していた。


「良信も何も観なかったっていうのか」

「そうだよ」

「それなら、画面がどうだったか説明できるよな。どうなってた?」


 良信は黙る。答えられないのだ。

 視聴覚室で、みんなは文句を言ったが白い画面については一言も出なかった。違う映像を観た良信には、白い映像が分からない。


「……とみちゃんは意地悪だねえ」


 観念した良信は、苦笑混じりに認めた。握っている手に力が入る。


「あれは良くない。本当に良くないよ。あんなものを作った人間が、何を考えていたかなんて知りたくないぐらい」

「そんなに酷かったのか? でも、俺達は何も観なかった」

「人数が多いから分散されたのかもね。一人で観ていたら……おかしくなってたかも。もう二度と観たくない」


 良信がこれほど取り乱す内容。聡見の中で、怖いよりも興味が湧いてくる。


「何が映ってたんだ」


 その問いかけに、良信が強く聡見の手を握った。骨が軋むほどの力に、聡見は駄目な質問をしてしまったと気づく。


「わ、悪い」

「好奇心は猫をも殺す、だよ。知らない方がいいこともあるから」


 聡見が謝れば、すぐに力が緩んだ。それきり映像の内容は、二人の間でタブーになった。

 ただ、聡見は良信がこぼした言葉を聞いて、脳裏に刻まれた。


「誰だって地獄はそうそう観たくないよね」


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