第57話 恨みつのる


 ――あれはどうなっているんだ。


 聡見は遠くから近づくそれを見つけて、回れ右をしたくなる衝動に襲われた。しかし不振な行動をして気づかれたら元も子もないので、なんとか抑える。ただ、そのまま歩き続けるのも無理な話だった。

 絶対に変だと思われないよう気をつけて、洋服店の前で立ち止まる。ショーウィンドウに飾られたマネキンに興味があるふりをした。

 これなら相手を直視しないで済むし、ガラスに反射した向こうの様子を窺える。後ろを通ると思うだけで背筋に嫌なものが走るが、そこは我慢するしかない。

 まだガラスには映っていなくても、気配が近づいてきているのを肌で感じた。ゾワゾワと総毛立つようで、思わず寒くもないのに腕をさすった。


 ――来た。

 ショーウィンドウの端から、それが現れた。聡見の視線が、そこに集中してしまう。まばたきをする時間すらも惜しくて、目が乾くのも構わずに見続ける。

 一言で表すとするならば、黒いモヤモヤ。はじめ聡見は霊の類かと思ったが、実際はまだ生きていた。それが分かった途端、聡見は余計に恐ろしくなった。

 まとわりついたモタモヤは、誰かから受けた恨み。ここまでの量をまとわせて、正常で生きていられるのが不思議だった。鈍感なのか、すでに異変をきたしているのか。モヤモヤしか見えない聡見には判断できなかった。


 ――死ね、殺す、そんな声がモヤモヤから聞こえてくる。聞いているだけで、頭がおかしくなりそうだった。

 良信の顔を思い出し、何とか気を紛らわせて相手が通り過ぎるのを待った聡見は、いなくなってしばらく経ってから走った。

 目的地はもちろん良信の寺で、出迎えの第一声に判断が間違っていなかったと悟る。


「あーあ、タチの悪いものつけちゃって。そのままにしてたら死んでたね」


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