第26話 ついてくる
聡見は必死に走っていた。
後ろは振り返れない。こんなに走るのは、前に良信とともに祟り神になった山神に追われていた時以来だった。しかし今回は、前を走る良信の存在がいない。それだけで、聡見はとてつもない不安に襲われていた。
珍しく良信が体調不良で休み、聡見は担任から託されたプリントを届けるために寺に向かっていた。途中でお菓子でも買っていこうかと考えていたところで、違和感に気づいた。
――誰ともすれ違わない?
寺に行くまでの間には、スーパーやコンビニなどがある。学生や主婦など誰かしらいるはずなのに、人っ子一人いないのはおかしい。
そう気づいた瞬間を待ち構えていたかのように、後ろから禍々しい存在が現れる。
聡見は振り返っては駄目だと感じ、すぐに走った。良信がいないのに、霊に追いかけられて対処出来るわけがない。捕まったら終わりだ。
良信がいない時を狙われた。マーキングをものともしないなんて、相手はかなりタチが悪い。
死を気配が迫ってくる。聡見も必死に走っているのにも関わらず、徐々に距離が縮まっていた。
――とにかく、寺に行けばなんとかなるはず。
寺にたどり着くことが出来れば、そこまで相手は追ってこない。仮に追ってきたとしても、良信の父親がいる。生き残れる確率がぐっと上がる。それが分かっているからこそ、聡見は寺に向かって走った。
息が切れても、足がもつれても、聡見は走る。後ろの気配は消えない。しかし追いつくこともない。完全に弄ばれている。聡見は歯ぎしりをしながら、絶対に逃げ切ってみせると決意した。
決意のおかげか、なんとか寺の前までは無事に来られた。ただ、まだ安心出来ない。
最後の難関。境内に入るには、100段近くある階段をのぼらなければならないのだ。見上げるほどの高さ。普段でさえ行くのに一苦労していたが、今の聡見にとっては倍以上高さに感じた。
しかし、諦めるわけにはいかなかった。後ろの気配に追いつかれる前に、階段を駆け上がる。
苦しい、辛い、いつもよりも長い錯覚を起こすぐらいに、のぼってものぼっても鳥居が遠い。
上に行けば、良信が待っている。良信が助けてくれる。体調不良なのにも関わらず、聡見はそう確信していた。
「……はぁっ、あと……すこしっ……!」
鳥居の向こうが、聡見には輝いて見えた。あそこまで走れば。感覚のない足を必死に動かして、あと少しで鳥居をくぐる。
「あー、もう危なっかしいなあ。全く。だからとみちゃんは目が離せない」
しかしくぐり抜ける前に、聡見の腕は強く掴まれた。そして遠慮ない力で引き戻される。
「よ、しのぶ?」
背中に感じた温もり。ここにいるはずのない声に、聡見は驚くとともに力を抜く。偽物だとは全く考えなかった。追いかけていた存在が、良信のふりをしているとも思わなかった。
気がつくと、聡見の視界にうつる景色が変わっていた。寺に向かうための階段ではない。
「こ、こは」
見知らぬビルの屋上。聡見はあと一歩で、破れたフェンスから落ちるところだった。良信が腕を掴んでいなかったら、そのまま5階建てのビルから勢いよく自分から飛びおりていた。
良信が腕を引っ張り、勢いが良かったから2人は後ろに倒れ込んだ。
「だから前に言ったでしょ。ああいうのは、本来の目的を悟られないように騙すことがあるって。ちゃんと周りを見なきゃ。あと少しで死ぬところだったよ、もう」
良信は聡見を抱きしめたまま注意する。声は軽かったが冷静ではなかったようで、良信の心臓がうるさいぐらいに騒いでいるのが伝わってきた。
「ごめん、俺のために。体調悪いのに」
「とみちゃんの一大事には駆けつけるよ。どんなに苦しくても、どんな時でも絶対にね。……だから、とみちゃんも気をつけて。心臓がいくつあっても足りないよ」
「うん、ごめん。……ありがとう。助けてくれて」
あと少しで死ぬところだったと、ようやく自覚した聡見は良信にしがみついて涙を流す。
良信は心臓を騒がせたまま、聡見の背中を撫でて落ち着かせた。
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