第25話 騙し


「声が……聞こえてくるの」


 こめかみを押さえながら、辛そうに話す彼女は今にも倒れそうだった。



 良信の寺に遊びに行くと、ちょうど相談者が現れた。

 白いワンピースを着た美しい女性だったが、目の下にくっきりと刻まれたクマが痛々しかった。ひと目で分かる眠れない様子。彼女の姿を見て、聡見はあることが気になった。

 そのまま遊ぶわけにもいかず、良信に頼んで相談の場に同席させてもらう。女性も拒否しなかったため、堂々と部屋にいて話を聞く。

 彼女は相田と名乗った。


「声、とはどういった種類ですか」


 良信の父が優しく問いかける。彼は良信とは違って、全てを受け入れるような包容力を持っていた。


「種類……誰かなのか、私は知っています」

「心当たりがおありなのですね。詳しく教えていただけますか」


 促されて、相田はワンピースと同じぐらい白いハンカチを握りしめ話を始めた。



 ――私には幼なじみが2人いました。

 航太君と晴代ちゃん。同い年で、住んでいる家も近かった。だから、いつの間にか遊ぶようになったんです。

 鬼ごっこ、だるまさんがころんだ、かくれんぼ、たくさんのことをして遊びました。その中でも特に、私達のお気に入りは高鬼でした。

 高鬼って分かりますか? 基本的には鬼ごっこと似ているんですが、大きな特徴は救済措置として高いところに登っている間は、鬼に捕まえられないんです。ただ、ずっとではありません。10秒まで。それが過ぎると、いくら高いところにいても捕まえられてしまいます。だから10秒経つ前にその場から離れて、違う高いところを探して逃げるんです。

 3人で遊んでいると、いつも足が遅い晴代ちゃんが鬼になることが多くて……航太君は彼女のために本気を出さずに、わざと捕まってあげていました。私には手を抜かなかったんですけどね。


 もうすぐ小学校を卒業する頃でした――あの事件が起こったのは。

 もう子供っぽい遊びをすることは無くなったんですけど、それでも3人で一緒にいました。周りにはからかわれていましたが、そういうのは無視してずっと一緒だったんです。

 その日も、私達は卒業記念としていつも遊んでいる神社に集まって、高鬼を始めたんです。

 やっぱり晴代ちゃんがずっと鬼で、そろそろ航太君が手加減をする頃だろうなって、私は絶対に捕まらないぞって決心していました。

 ……だから、きちんと周りが見えていなかった。気づいた時には、晴代ちゃんの悲鳴が聞こえました。

 追いかけている最中に、晴代ちゃんは足を引っ掛けて、その先は崖でした。勢いが良かったせいで……色々なところをぶつけてしまって……すぐに病院に運ばれましたが、夜に亡くなりました。

 私も航太君も悲しくて、葬式に行くのも辛くて……しばらく家にこもって、ずっと泣いていました。そんな私を、航太君が励ましてくれたんです。晴代ちゃんの分も、強く生きていこうって言ってくれたから、私も前を向こうと思えるようになった。

 晴代ちゃんのこともあって、私達はさらに一緒にいるようになり、去年結婚しました。

 それからです。声が聞こえるようになったのは。


「私には分かります。あれは絶対に晴代ちゃんです」


 握りしめたハンカチがぐちゃぐちゃになっている。それに気づかずに、相田は唇を噛みしめる。

 怯えが強い。涙がにじみ、今にも倒れてしまいそうだった。


「どうして分かるのですか」

「晴代ちゃんの声を聞き間違えるわけがありませんから。だって、ずっと」

「相手は何を言っているのか教えてもらえますか?」


 そこで、良信が話に割り込んできた。相田は驚いて固まったが、たしなめられなかったので答えるしかない雰囲気を感じとった。


「カウントダウンをしてくるんです。10から。……まるで、まるで高鬼をしているみたいに」


 震える声。とうとう耐えきれずに彼女は涙をこぼし、ぐしゃぐしゃのハンカチを目に当てる。


「晴代ちゃんは、もしかしたら自分が死んだことに気づいていなくて遊びたいのかもしれません。でもさすがに怖くて……声が聞こえたら高いところに逃げているんです」

「それなら、ゼロになったことはないわけですね」

「だってゼロになった時、何が起こるか分からないじゃないですか。だから眠るのも怖くて……お願いします。晴代ちゃんをどうにかしてください」


 深く頭を下げる相田。聡見はどうするのかと、良信とその父を見た。

 難しい顔をしていて、すぐに対処するとは言わない。


「あなたが助かる方法は一つです」

「どうすればいいんですか?」

「それは……」

「自分がしたことを認めなければ、相手は絶対に許さないよ」


 父親の言葉を奪い、良信が素っ気なく言った。冷たい視線に、相田が怯えの中に怒りを含ませる。


「私のしたことってなんですか。絶対に許さないって。まるで私が悪いみたいに」

「悪いでしょ。話では省略していたけど、自分がした行動がそもそもの原因なんだから認めなよ」


 素っ気なさだけでなく、言い方もぞんざいになった。責める口調。相田も負けずに睨み返し、一触即発の雰囲気が漂う。


「良信」


 しかし、それを一言で止めた。

 名前を呼ばれただけだが、良信は拗ねたように口を尖らせると、聡見の方を見て立ち上がった。


「とみちゃん、もう行こう」

「お、おう。えっと、お邪魔しました」


 機嫌の悪い良信とともに、聡見は部屋を出た。まだ睨みつけている相田に、軽く会釈をしたが相手は微動だにしなかった。



「あー、嫌な感じだね」


 外へ出ると、良信が不満げにこぼす。


「どういうことなんだ、俺にも分かるように説明してくれ」


 隣に並んだ聡見が尋ねると、良信は歩きながら説明をする。


「晴代って子が死んだ原因は、あの人。原因は嫉妬。もしかしたら崖から突き落としたのかもね。だからつきまとわれるようになったんだよ」


 話を聞いて良信が突き放した理由が分かる。事実なら、相田はとんでもない人間だ。


「でも、声が聞こえるようになったのは結婚した去年からって言っていたよな。どうして急に」

「急じゃないよ。ずっと機会を伺っていたんだ。一番幸せな時に苦しませたくてね。とみちゃんも見えたでしょ。あの人の姿」

「……やっぱり見間違いじゃなかったんだ」


 相田の姿を見て聡見が気になったのは、その体、特に足元がうっすらと透けていたからだ。最初は相田は霊なのかと思ったが、すぐに生きている人間だと分かり、どうしてそんな状態になったのか知りたくなった。


「それに、始まったのは去年からじゃないよ。ずっと呪われていた。カウントダウンを始めたのが去年ってだけ。これも嫌がらせだろうね。カウントダウンが10でもゼロでも関係ない。怖がらせる目的もあるだろうけど、侵食しているのに気づかせないようにしているんだよ。本当にやりたいことがバレないように、わざと目立つ行動をとっている」

「本当にやりたいことって?」


 聡見の問いかけに、良信は相田のいる部屋をちらりと見た。


「さあね。呪い殺したいのか、苦しめたいだけか、はたまた乗っ取ろうとしているのか。何を考えているか知らないよ。……本人が変わらなきゃ、何をしたところで一時しのぎでしかないのに。ま、もう関係ないけどね」


 話すだけ話したら、怒りもどこかへ消えたのか、良信の雰囲気が緩いものへと変わった。

 聡見は、相田の行く末を気になりながらも、やはり自分には関係の無い話だと、良信と同じく切り替えて相田のことは忘れた。

 その後、彼女がどうなったのかは知らない。

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