第5話 湖に潜む


 ある湖に化け物がいた。

 それは魚の姿をしているが、魚ではなかった。体長3メートル以上、幅広でぬめりと輝く鱗のない様子は、ナマズに似ていた。基本的には湖の底で生活をしているからか、目は潰れているように小さい。それでも覗く目は、見るものに恐怖を与えるものがあった。

 特出するべきは、その大きな口だ。子供であれば一呑み、大人でさえも呑み込まれそうになるほどで、現に湖で行方不明になる者が後を絶たなかった。

 湖で遊んでいたり、釣りをしているところを狙い、獲物が油断したところを一気に責める。その体には、小さな手足が生えていて、陸に上がるのを可能にしていた。人によっては、ナマズよりも、オオサンショウウオに見えたかもしれない。

 一度口に入れられれば、どんなに暴れたところで無駄なあがきとなり、そのまま湖の底に連れ去られる。後は説明するまでもない。

 それなのに何故、誰も対処しなかったのか。それは、ほとんどの被害者が生きて帰って来なかったのと、誰かが引きずりこまれるとその年は近隣の土地にいいことが起こるせいだった。犠牲となった人は、供物になったのだと考えられた。

 化け物として恐れられながら、一部の人には神様と崇められる。この膠着状態が、もう何十年、いや何百年と続いていた。


 そんな湖の化け物を、聡見は実際に目の当たりにした。彼はそれを、ナマズではなくオオサンショウウオに似ていると思った。それよりももっと考えるべきことは他にあったが、現実逃避をしていたのだ。

 まだ襲われて、その姿を見ることになった方が精神的にマシだったかもしれない。そう思ってしまうぐらい、彼はこの状況が信じられなかった。


「一本釣りだねー」


 そう緩く言いながら、良信が化け物を簡単に釣り上げるなど、想像出来るはずもないが。

 湖に行こうと言ったのはどちらだったか、観光だと心を弾ませていた聡見は、釣りを始めた良信を見ても何も心配していなかった。

 ただ、急に湖に嫌な気配を感じ、黒くて大きなものがゆったりと近づいてきた時には、すぐにでも逃げようとした。

 しかし肝心の良信が動こうとせず、釣り糸を湖に垂らし続けた。嫌な気配が、別のものに変わっていく。それは当たっていて、化け物を釣り上げてしまった。

 細い釣竿でどうやって。そもそも、何故化け物は釣り上げられたのか。疑問は尽きなかったが、諦めの境地に達していた。


「それ、どうするつもりだ?」


 釣り上げられ、ビチビチと暴れている化け物だが、針が深くくい込んでいるのか逃げられそうにない。かなり重く、抵抗も凄まじいはずなのに、良信は涼しい顔をしていた。


「そうだなあ……せっかく釣れたから、やっぱり食べるしかないよね」


 その言葉を聞いた途端、聡見は呆然とし、化け物は何を言われたのか分かったかのようにさらに暴れだした。しかし、結局は無駄なあがきに終わる。

 その後、しばらくの間、聡見は魚を食べられなくなった。特に刺身は、見るのすら駄目だったぐらいだ。

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