第47話 ある話
瞳の両親は共働きで、いつも帰ってくるのが遅い。小学生の時から鍵っ子だったから、その状況にはもう慣れていた。一軒家のため広くて暗い部屋も、一人の時間も怖くない。時間潰しのやり方をどんどん覚えていき、誰もいない方が楽になったぐらいだ。
今日もテーブルに書き置きと、夕飯が冷蔵庫に準備されていて、瞳は両親が帰ってこないことを知る。少し寂しいと思うが、言ったところでどうしようもない。誰にも聞かれないため息を吐いて、瞳は夕飯のおかずをレンジで温めた。
作り置きは、出来たてよりも美味しさが減る。文句を言うなら自分で作れと怒られそうなので大人しく食べているが、テレビをつけていても味気なさが勝った。
「……ごちそうさまでした」
もそもそと食べ進めていくと、手を合わせて挨拶をする。片付けをしてしまえば、後はもうすることがない。
やることがなくなり、瞳はスマホで興味のない情報を集めていく。それすらもすぐに飽きて、もう寝ようかと大きく伸びをする。
その瞬間、外で音がした。無防備なところだったので、体が跳ねるぐらい驚いてしまう。
「び、っくりしたあ……お母さん?」
腕を下ろした瞳は、外の様子を窺う。母親が帰ってくるには、まだ時間が早い。他にありえる可能性としては、不審者が侵入しようとしているかだ。瞳はスマホを握り、いつでも警察に通報できる状態にしておいた。
「お、お母さんなんでしょ? もう、驚かさないでよね」
瞳は外で物音を立てているのが、母親だと信じたかった。そう思っていないと、怖くて一歩も動けない。しかし不審者ならば早く対処しないといけないから、なんとか気力だけで頑張っていた。
音の発信源はリビングの窓からだった。その時点で、母親の確率はグッと低くなる。夜にそこでする用事など普通はない。
瞳は恐怖で涙を滲ませながら、忍び足で窓へと近づいた。ガタッ、ガタッと窓枠を外そうとしているかのような音と振動。
中に入ってこようとしている――そう思った瞳は、警察に連絡すれば良かった。握りしめているスマホで、警察でなくても誰かに連絡すれば良かった。
しかし相手の姿を確認しようと、そう考えてしまった。カーテンに隙間から、ちらっと見るだけなら大丈夫。根拠の無い自信だけで、瞳は行動した。自分が危険な目に遭うわけが無いと、平和ボケしていたのだ。
指で隙間を作り、瞳は外を覗く。彼女は忘れていた。部屋の明かりを消さなければ、外から光が漏れることを。光が漏れれば、相手に気づかれることを。
「ひぃっ!」
瞳の悲鳴、スマホが床に落ちる音が部屋に響く。驚いて、その悲鳴を抑えるために手を使う必要があったのだ。落ちたスマホは床を滑って、どこかへ行ってしまった。それを気にする余裕が無いほど、瞳は驚いていた。
充血して限界まで見開いた目が、カーテンの向こう側にはあった。目だけではなく、真っ赤なワンピースが血で濡れている部分まで、彼女は見てしまった。
――母親でもなく、不審者でもなく、人ですらなかった。
「い、いやっ……たすけっ」
瞳はどこかに行ってしまったスマホを探す。あれで母親に連絡すれば、きっといなくなる。そう信じて探している間にも、ガタガタと音がする。いつ中に入ってくるか分からず、時間との勝負だった。
地面を這いつくばり必死に見回していると、スマホが視界に入った。急いでそちらに向かった彼女は、涙をこぼしながらスマホを拾い上げた。
「あけろぉぉおおおぉぉぉおおぉおおおおおぉぉおぉおおおおおおお」
叫び声は、女性とも男性とも判断できないほど潰れていた。間近で叫ばれたと錯覚するぐらいの大きさに、精神が耐えられなくなった瞳は意識を失った。
――とみ、瞳!
すぐ近くで母親の声がする。瞳はその声に引きずられるように覚醒した。
「お、かあさん?」
『瞳? どうしたの? 何かあった?』
「お母さんっ」
床に倒れていた瞳の耳元に、スマホが落ちていて声はそこから聞こえてきた。いつの間にか、母親と電話が繋がっていたらしい。安心できる声に、瞳はまた涙を流す。
『大丈夫? 今、帰ってきたから扉を開けてくれる? 荷物で手が塞がってて、鍵を探せないのよ』
「うん、今行く!」
外の音はもう聞こえない。
気絶している間にいなくなった。母親が帰ってきたからだ。恐怖の体験を話さなくてはと、玄関に小走りで向かった瞳は、勢いよく扉を開ける。羞恥など忘れて、母親の胸に飛び込むために。
「お母さん!」
目の前に、真っ赤なワンピースがいた。
「それで? どうなったの?」
「連れて行かれて死んで終わり」
良信の締めくくりに、話を聞いていたクラスメイトは鼻で笑った。
「なんだよそれ。今までの話は全部嘘じゃん」
「嘘じゃないよ。本当の話」
「瞳って子は死んだはずなのに、どうして詳しい内容を知っているんだよ。死んでんだから聞けるわけないだろ。あーあ、聞いて損した」
自分から怖い話をねだっておいて、文句を言うクラスメイト。
「本人から教えてもらったのに」
「だから、そんなのありえないって」
傍で聞いていた聡見だけが、それが嘘ではないと知っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます