第53話 冷たくされる理由



 結婚生活20年。子供達はどちらも大学生になった。手がかからなくなり、ようやく落ち着いた生活ができるようになった頃、私は家の中での居場所が無くなった。

 リビングにいても会話をするのは、妻と子供達ばかり。本当に存在しているのか不安になるぐらい、いないものとして扱われた。

 決して死んでいるのに気づいていないとか、そういう話ではなかった。現に、会社ではきちんと存在を認められ、会話もしている。おかしいのは家でだけだった。

 私も何度か努力した。会話の中に入ったり、興味のありそうな情報をしらべてみたり。

 しかし私が話しかけた途端、どんなに楽しそうにしていても会話が急に終わる。そして無表情になって、どこかへ行ってしまうのだ。一人取り残された私は、気まずさと混乱を抱えながらうなだれるしかない。

 昔はこうではなかった。妻とはおしどり夫婦と褒められるぐらい仲が良く、子供達も休みの日は私にベッタリだった。

 それがいつの間にか、私に話しかけることも近づくこともなくなり、まるで透明人間のような状態になった。

 同じように子供がいる人は、子供が反抗期で口を聞いてくれないという話をしていた。私の場合もそういうことかと思ったが、なにか空気が違った。一時的な反抗というには、込められている気持ちが強い気がする。言葉では説明しづらいが、怒りではなく恨みのようだった。

 普通なら、こうなる原因があるはずだ。しかし私には全く身に覚えがない。家族のためにずっと働き、休みの日には色々な所へ連れていった。

 そんな私が、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。あまりにも理不尽だ。

 悩んでいても分からないままなら、直接尋ねた方が早い。その理由次第では、話し合う必要がある。




「……それからどうなったんだ?」

「うちに来た時は、もう大惨事。取っ組み合い、殴り合い、引っ掻き合い。血まみれになったから、後始末が大変だったよ。勝手に来られて喧嘩しないでほしいよね」

「大変だったんだな。結局、その人が家族に冷たくされていた理由は分かったのか?」

「うん、月並みな話だよ。本人が言っていた家族サービスは自分よがりなもので、モラハラ気質だったみたいだね。長年耐えてきた家族は、成人したら離れるつもりでいたらしいよ。一人の話だけでは、見えない部分ってあるよね。どちらが悪かったのか、冷静に判断するのも難しいし」

「相手を思いやる気持ちが足りなかった。話し合わずに衝動的に行動して、その結果とんでもないことになって泥沼化。呪い呪われ、最終的には……嫌な話だな」

「まあ、今回は特殊な例だよ。普通はあんな状態になってまで、喧嘩することなんて滅多にないからね」

「そうだな……死んでからも恨み合うなんて、俺には耐えられないよ」


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