第37話 獲物


 どこかで子供の泣く声が聞こえた。

 とても悲しげな様子が遠くからでも伝わってきて、そちらに足を向ける。

 グズグズと鼻を鳴らし、母の名を呼んでいる。迷子か。それは可哀想だとスピードをあげた。


 ――いた。

 人気のない路地に、幼い子供がしゃがんでいる。泣き声の主だ。

 小学校低学年ぐらいの男子で、手で覆っているから顔は見えない。人が来たのに気づいていないらしく、まだ泣き続けている。膝小僧には正方形の絆創膏が貼られていて、触ればつるりと滑らかそうである。

 可愛い――率直にそう思った。きっと顔も可愛いはずだ。


「ねえ、どうして泣いてるの?」


 怖がらせて逃げられないように、優しい声を意識して話しかける。これで警戒を何度も解かせているので、手馴れたものだった。

 これで通常なら顔を上げるはずだったが、なかなか注意深くてまだ泣いている。しかし時間をかけるほど、上手くいった時に喜びが増す。

 じわりと手のひらにかいた汗を気づかれないように拭い、次は猫なで声ぐらいにねっとりとした言い方をする。


「もしかして迷子なら、俺が案内してあげるよ。さあ、一緒に行こう」


 手を差し伸べた男は気づいていなかった。子供の泣き声が、いつの間にか止んでいるのを。

 手を強く掴まれた。目の前にいる子供ではない。別の人が現れたのだ。人と言っても、子供だったが。


「はーい、確保」


 可愛らしい顔だが、掴む力は骨が軋みそうなぐらい強かった。男は顔をしかめる。それでも、可愛い子供が増えて内心舌なめずりをした。獲物が増えた。2人なんて大収穫である。どちらも楽しめる。力で勝てると思っている男は、まだ余裕があった。


「もういいのか?」


 しかし泣いていたはずの子が何事もなく立ち上がり、鋭い目を向けているのを見て不穏な空気を少しだけ感じた。


「うん、いいよ」

「今回は人か」

「そうだね。大体割合的に7:3ぐらいかな」

「不審者がこの街に多すぎる」

「地道にやっていけば殲滅できるよ、きっと」


 男を置いて話をする子供2人。どこか達観した雰囲気に、何かまずいものに関わってしまったと逃げようとしたが手遅れだった。


「はーい。もう悪いことを考えないように、ちょーっと付き合ってね」


 振り払えない力で掴まれたまま、男は引きずられていった。獲物はこちらの方だったと、ようやく自覚しながら。

 その後、男がどうなったのかは子供達だけが知っている。

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