第38話 センサーライト


 人が通ると、センサーが感知して明かりが点く。佳奈の家はそれを玄関に設置しているのだが、たまに誰もいないのに勝手に点いてしまうことがある。明かりが点き、来客かと思って玄関に行ってもそこに人の気配は無い。

 たまには誤作動を起こすことはあるだろうと、そこまで気にしていなかった。ペットは飼っておらず、中に設置しているから風もない。しかしそれだけの理由で怖がっていては、生活もままならなくなる。気にしすぎは損だと。

 ただ、少しだけ明かりが点いた時の玄関に嫌な感じはしていた。空気が澱んでいるのだろうと無視していたが、そうも言っていられない出来事が起こったのだ。


 佳奈は夫の勤と2人暮らしだが、仕事が忙しい勤は帰ってくる時間が深夜になることもまれにあった。

 専業主婦の佳奈は、できる限り彼の帰りを起きて待っているようにしていても、眠気に負けてしまったりする。そういう時は、帰ってきた物音で目が覚め慌てて出迎える。勤は先に寝ていていいと言ってくれるが、一緒にいられる時間を少しでも増やしたいので聞かなかった。


 その日も、ソファで待っていたのだが、気がつけば寝てしまった。しかし、物音がして目を覚ます。


「あ、おかえりなさい。あなた」


 玄関の明かりが点いているのも見えて、すでに勤が中に入ってきたのだと思い、声をかけながら小走りで向かった。


「あ、れ……?」


 そこには、勤の姿はなかった。明かりが玄関を隅々まで照らしているが、人っ子一人いない。

 これまで明かりが点くのは昼間だけだった。だからこそ、佳奈もそこまで怖がらずに済んだ。しかし、今は夜中で勤もいない。背筋にゾッとしたものを感じて、佳奈は慌ててリビングに戻ろうとした。

 その背後で、嘲笑うかのように明かりが点滅していた。



「それはきっと不具合だよ」

「でも、設置したのはこの間じゃない。こんなに早く壊れるなんておかしいわ」

「不良品なんだ。今度、買った店でみてもらうから大丈夫だって。そんなに怖がることじゃないよ」

「……そうかもしれないけど……」


 さすがに怖くなって佳奈は勤に相談したが、軽く笑い飛ばされた。霊などを信じていない彼に話したらこうなるのは分かっていた。それでも、少しぐらいは親身になってくれると期待したのだ。結果は予想通りと言えば予想通りだった。


「そろそろ忙しいのも落ち着くから、早めに家に帰ってこられるようにするよ」


 佳奈があまりにも腑に落ちない顔をしていたので、勤は慌ててフォローを入れた。そういうことではないと思いながらも、早く帰ってきてくれるのは嬉しかった。あれ以来、1人で家にいるのが怖くなっていたからだ。

 約束通り勤の帰宅時間が早くなってからは、センサーライトが誰もいないのに反応することはなくなった。

 勤からはやはり考えすぎだったのだと言われて、納得いかない気持ちもあったがそれよりも安心した。何かがあるより、気のせいという方がマシだった。

 一応センサーライトを買った店で見てもらったが、特に不具合などはないと言われた。それを聞いて、佳奈はもう考えすぎないようにした。



「ごめん、また仕事が忙しくなりそうなんだ」

「そうなの……でも、無理して早く帰ってきてくれていたから仕方ないよね」

「できる限り早く帰れるようにする。……1人でも平気?」

「平気だって。子供じゃないんだから。それよりもしっかり働いてきて」

「分かったよ。でも、もし何かあったら連絡して。すぐ行くから」

「うん、ありがとう」


 勤に家にいて欲しいと思っていても、働いているのだからわがままを言っていられない。佳奈は心配かけないために、わざと明るく笑った。そんな彼女に勤はどこか微妙な表情を浮かべたが、結局何も言わなかった。



 勤の帰宅が遅くなってから、また明かりが点くようになった。しかし佳奈は無視して、玄関に視線を向けるのを止めた。そうすれば、まだ精神的に楽だった。

 チカチカと視界の端で、点いたり消えたりするには煩わしかった。しかし佳奈は無視した。

 していたつもりだったが、彼女はどこかで油断していた。


「……ぁ」


 勤を待ちながらウトウトとしていると声が聞こえた。明かりも点いていて、彼が帰ってきたのだろうと久しぶりに出迎えに走った。


「おかえりなさい……!」


 そこで、佳奈は何かを見た。



「――それから、お姉ちゃんちょっとおかしくなっちゃって……一体、何があったんだと思う?」


 唇を噛み締める三奈に、聡見は隣りの良信を見た。相談にのってほしいと言われて、時間があったので話を聞いていたのだが、聡見には正体が分からなかった。何かしたの霊が関係しているぐらいしか言えないので、これでは全く分からないのと同じだ。

 良信なら分かるだろうと期待して待っていると、ふぅっと息を吐いた。


「その旦那さんはどうしてるの?」

「え? 勤さん? お姉ちゃんの傍にいて、献身的に面倒を見てくれているよ。本当にいいお義兄さんだよね。感謝してもしきれない」

「ふーん」


 良信は手で弄んでいたペンで、テーブルをコンコンと叩く。一定のリズムを刻みながら、良信は口を開いた。


「ライトには不具合がない」


 その動きを、三奈は見つめる。


「化け物では無いし、死んだ人でもない」


 聡見も、自然と見つめてしまった。


「被害者は佳奈さん。……残る登場人物は誰かな?」


 叩くのを止めた途端、三奈はハッとした表情を浮かべて、信じられないように口に手を当てる。


「……そんな、どうして……」

「理由は本人に聞いてみな。佳奈さんは、うちの寺に連れてくるといいよ。お祓いするから」


 結論を出して満足したのか、良信はその場から立ち去ろうとする。聡見は追いかけて、一度だけ三奈を見た。

 手を当てたままの彼女は、頭の中で色々なことをぐるぐると考えているようだった。同情しつつも、後は当人達の問題だと見るのを止めた。

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