第9話 むしむしむし
※虫が苦手な方は注意してください。
「虫がいるの。早くなんとかして」
そう言って、塩川夏菜は頬をかいた。
「……何とかしろって言われても、まず説明してくれないと困るんだけど。虫がいるって何?」
聡見は夏菜に対し、機嫌悪く答える。どうしてここまで機嫌が悪いのかと言うと、彼女の態度が原因だった。
良信と昼休みに話していたところを、突然割り込んできて、説明もせずに何とかしろと行ってくれば、聡見でなくてもムッとする。
しかも夏菜は別に仲がいいわけではなく、初対面といっても過言ではなかった。クラスも別だ。そんな関係なのに、礼儀も何もなく命令してくる。
元々気の長い方では無い聡見は、苛立ちを表に出しながら夏菜に鋭い視線を向けた。好感度など、どうでもいいからだ。
「別にあんたに頼んでいるわけじゃないし、部外者は引っ込んでて」
「は?」
しかし、相手も強かった。
聡見のことなどものともせず、むしろ邪魔者扱いしてきた。
頬をかきながら、それこそ虫を見るかのような目を向けてきて、聡見はこれ以上怒りを苛立ちをためないために部外者になろうと決めた。
ちらりと良信を見た。聡見と夏菜が話している間、我関せずと食後のデザートであるスルメイカをかじっていた。デザートがスルメなのはいかがなものかと、臭いで苦情がきそうなものだが、食べているのが良信だからか文句はどこからも出なかった。
もちゃもちゃと食べながら、窓の外を眺めていた。全く聞いていない。
「ねえ。聞いてるの?」
返事をしない。声は完全にシャットダウンされている。
「無視しないでよ」
頬をかいたまま、夏菜は苛立った声をあげた。勝手に来ておいて、強気な態度である。傍で傍観者となった聡見は、いつ良信がとんでもない行動に出ないか心配になった。心配なのは夏菜の身ではなく、後始末をする自分にだった。トラブルになれば、先生への説明も面倒くさい。
夏菜が諦めてくれれば、一番穏便に済むのだが。彼女の態度から、それも無理そうだと頭を抱える。いっそのこと、自分はどこかに逃げてしまおうかとも考えたが、察知したクラスメイトがバリケードをはる。
逃げられない環境に、聡見はとりあえず存在を消して傍観者に戻る。クラスメイトには、後で覚えていろと思いながら。
「寝ている時に、虫が来たの」
無視されても、話せば聞いてもらえると思ったのか、許可も出ていないのに勝手に話し始める。聡見は強いメンタルに驚きながら、聡見と同じく窓の外を見た。何を見ているのか気になったが、特に面白いものは無い。
「はらえれば良かったけど、運が悪いことにちょうど金縛りにあって。それで……」
夏菜は、そこで緊迫感を持たせるためか間をあける。
「虫が入った?」
しかし、それは良信によって邪魔された。
「え、あ、ああ。そうだけど。やっぱり何か見えるの?」
頬に爪を立てる夏菜は、いいところを横取りされたが、気を取り直して良信に顔を近づける。頬をかくスピードは早くなり、バリバリという音が聞こえそうなほどだ。
良信は、近づいた距離と同じぐらい後ろによけると、聡見をちらりと見た。目が訴えてきたものを読み取ると、良信に軽く頷く。夏菜の姿は、そちらの方が良さそうだと判断した。
「考えすぎ、気のせい、はい終了」
それだけ言うと、良信は興味を失せたとばかりに窓の外へ意識を移す。
これで納得すれば、トラブルにならずに終わった。
しかし夏菜はぽかんとした後、馬鹿にされたと感じたようで、眉間にしわを寄せる。
そして何故か怒りの矛先は、良信ではなく聡見に向けられた。
「あんたがごちゃごちゃ言ったせいで、ちゃんと聞いてもらえなかったじゃないの!」
「は?」
理不尽な怒りに、気が短い聡見は応戦しかける。
しかし止めたのは、他でもない良信だった。
「はいはい。とみちゃんは静かにねー」
「むぐっ!?」
聡見の口を流れるように塞ぐと、夏菜に向かって笑う。それを自分への好意から来るものだと、勘違いした彼女は構える暇もなかった。
「そいつがほっぺにしかいないって、どうして決めつけられるの? 狭いところに居続けるわけないじゃん。ほら、目を閉じたら感じられるはずだよ。全身をざわざわざわーって――動き回っている」
それからは阿鼻叫喚の騒ぎだった。
夏菜は全身を血まみれになるぐらい掻きむしりながら、そのまま失神した。
騒ぎを聞きつけた教師が、急いで保健室へ連れていった後、救急車も来て病院まで運ばれた。
夏菜がそれからどうなったのか、聡見は知らない。良信が言葉をかけた途端、皮膚の下を大量の何かが蠢いたのだけは見えた。あれが何か、気付かないふりをした。
ただ、これだけは確信していた。
「……また、俺が怒られる」
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