第55話 信仰


 駿太の家は、よく分からない神様を信仰している。有名なものではないが、先祖代々受け継がれている神様だ。

 父方の祖父母と同居している屋敷には、神様のために一室丸々使った祭壇がある。一日二回、朝と夜に家族全員で祭壇に訪れ食べ物と祈りを捧げると決まっていた。

 物心がつく前から駿太もさせられていたので、これが一般的ではないと気づくのが遅れた。他の家ではしていないと分かったのは、彼が中学生になった頃だった。


「祭壇? 仏壇ならあるけど……祭壇はないよ」

「神棚はあるけど……そんなに熱心に祈ったりはしないかな」


 どこか引いたような反応をする友人に、ようやく駿太は自分の家が異常だと知ってしまった。そして、信仰する行為に嫌気がさした。

 他のみんなと違うのは恥ずがしい。思春期だったため、家族に反抗するためという部分もあった。


「俺、もう祈り捧げるのとかしないから」


 そういうわけで、家に帰り宣言した駿太だったが、彼が思っていた以上に家族が反対してきた。


「絶対に駄目だ!   様に祈りを捧げるのを止めるのは許さない!」

「お父さんの言う通りよ。駿太ちゃん。それは許されないわ」

「そうだぞ、駿太」


 父親だけでなく、いつもは駿太に甘い祖父母でさえも駄目だと一刀両断する。強い反対に引っ掛かりを覚えたが、それで諦めるぐらいなら最初から言わない。

 言っても無駄なら、行動で訴える。祈りの時間になっても、部屋から出なければいい。部屋の鍵がかかるタイプなので、閉じこもっていれば手も足も出ないと考えた。

 しかし、それは甘かった。鍵をかけ閉じこもっていた駿太だったが、扉を壊してまで父親が中に入ってきたのだ。


「馬鹿なことを考えるな! 早く祈りなさい!」


 そう言って、嫌がる駿太を引きずって祭壇まで連れていき、無理やり祈りを捧げさせた。父親の鬼気迫る姿に、駿太はそれからは反抗せずに大人しく祈りを捧げるようになった。

 しかし、完全に諦めたわけではない。従順なふりをして、虎視眈々と機会を狙っていた。



 そして今日、駿太はカラオケの個室で夜を明かすと決めていた。

 大学生になっても、一人暮らしをさせてもらえず、祈りも欠かさず行っていた。どう父親が説明したのか、駿太は学校行事で泊まることすらもさせてもらえなかったぐらいの徹底ぶりだった。家庭の事情だとしても、駿太は我慢の限界だった。

 祈りをしなかったぐらいで、何かが起こるわけがない。馬鹿みたいに必死に祈る意味が分からない。駿太は祈りを捧げなくても平気だと証明するために、家に帰らない準備を進め実行に移した。


「うっわ…すげえ連絡来てるじゃん」


 マナーモードにしているスマホの震えが止まらず、履歴を見てみると全て家族からの連絡で埋まっていた。三桁を超えそうな勢いに、駿太は顔をしかめる。まさかここまで必死になるとは予想以上だった。


「そんなに祈りを捧げるのが大事かよ」


 駿太は時刻を確認する。あと五分ほどで次の日になるので、もうどうしたところで家には帰れない。そのため、気まぐれで父親の電話に出ようと考えた。

 ちょうどよく着信がきたため、通話ボタンを押すと、いきなり怒声が聞こえてくる。


「駿太! 何を考えているんだ!! 早く家に帰れ!!」


 耳が痛くなるほどの声量に、駿太は出たことを後悔する。切ってやろうかとも考えたが、その前に父親に対して溜めていた言葉を伝えてからにしようと口を開いた。


「神様に振り回されて馬鹿みたいだ。そのせいで俺はたくさんのことを我慢した。もううんざりなんだよ。祈りなんて捧げなくたって、どうにかなるわけじゃあるまいし。今日は帰らないから」


 言いたかったことを言ってすっきりした駿太は、父親がさらに怒ってくるのを覚悟して待った。しかし電話の向こうは静かになり、押し殺したような声が聞こえてくる。


「……お前には誤魔化していたが、祈っている相手は神様じゃない」

「は? どういうこと」

「ずっと昔、先祖が騙して死に追いやった相手なんだ。それからずっと呪われている。怒りをなんとかおさめてもらうために、毎日欠かさず祈りを捧げているんだ」

「そうだとしても、呪いなんてあるわけないじゃん」

「呪いはあるんだよ。お前の母さんも、祈りを捧げなかったせいで死んだ」

「母さんが……?」


 理解が追いつかず、駿太は混乱する。彼の母親は、確かに亡くなっていた。しかし、それは事故が原因だと教えられていたはずだった。


「母さんも呪いなんてありえないと。祈りを捧げるのはもう止めるべきだと言って、たった一回やらなかっただけで……  様に呪い殺された」

「……嘘だ」

「嘘じゃない。きちんと祈らないと、  様は呪い殺す。まだまだ怒りがおさまらないんだ。だから、だから……駿太にもずっとやらせていたのに」


 駿太は震えながら、時計を見た。次の日になるまで、もう十秒を切っていた。進む秒針が、寿命をカウントダウンをしているように思えた。

 部屋の外から禍々しい何かが近づいてきている気配を感じる。気のせいではない。部屋に入ってきたら、死ぬと確信した。

 後悔したところで、もう遅かった。もっと早く事情を伝えてくれれば、こんなことはしなかったのに。駿太は父親を恨む。

 いつの間にかスマホが手元から無くなっていた。力が抜けて、床に落ちてしまったのだ。誰の助けも望めない。

 視界が涙でぼやけてきたが、扉のガラス越しにそれの姿が見えた。肉団子のような塊がへばりつき、駿太に視線を向けている。その中に、母親の姿もあった。彼を呪い殺すため、ニタニタと笑っていたが。

 恐怖で悲鳴もあげられない駿太は、ゆっくりとドアノブが動いても、何も出来なかった。


「……ぁ、ごめっ……なさっ」


 謝罪の言葉を口にしたところで、相手が止まるわけがない。焦らすように扉が開けられた。


「ちょっと、邪魔なんだけど」


 しかし中に入ってくることは無かった。気の抜けた声と共に、肉団子は肉塊となり弾け飛んだからだ。


「……へ?」


 飛んできた欠片でドロドロになりながら、駿太は理解が追いつかず呆然とする。まだ自分が生きていると実感しても、どうしてこうなったのかが分からなかった。

 固まったままでいると、開いた扉の向こうから顔が覗く。驚いて駿太は後ずさりしたが、後ろは壁だったので勢いよくぶつかってしまう。


「あー、ごめんね。両手が塞がってたから、思わず蹴っちゃった。まあ害はないし、お風呂に入ればとれるよ。それじゃあ」


 覗いてきたのは、駿太と同い年ぐらいの青年だった。両手にカップを持っていて、緩い謝罪をしてくる。そして駿太が返事をする前に、その場からたち去っていった。


「た、助かった……?」


 ようやく状況が理解出来た駿太は、ほっとして力が抜ける。欠片がついていて、生臭かったが生きている喜びの方が勝った。


「は、ははは……やった。呪いに打ち勝ったんだ。もう大丈夫だ」


 突拍子のない出来事に笑いが込み上げてきた彼は、ひとしきり笑うと家に帰ることにした。


「……祈る必要がなくなったって、みんなに言ったら驚くだろうな」


 祈りに振り回される必要が無くなった駿太の足取りは、とても軽いものだった。




「……どんなに消したところで、信仰を続けていればまた現れるけどね」

「なんか言ったか?」

「ううん、なんでもないよ」

「あっそ。……というか、俺はコーラを頼んだよな。なんで、こんなドブみたいな色しているんだ」

「それじゃあつまらないから、色々混ぜてみた。きっと美味しいよ」

「……頼んだ俺が馬鹿だった」


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