第50話 知ったら駄目
怪談には、聞いた人の元に霊が現れると言った類の話がある。最終的なオチとして、話を知ってしまった人を襲いに来るのだ。大体、注意事項として初めに教えてくれないので、騙し討ちのような感じになる。離さないでほしかったと恨んでも、聞いてしまったものを取り消せない。
そのため、救いを求める。来た霊が害を与えてこないようにする方法。呪文だったり、行動だったり。
しかし、相手がいつ襲いかかってくるかが分からない。信じるものかと思っていても、どこかで気になってしまう。そういう意味では、タチの悪い話だ。
「――というわけで、今でも犯人を探しているイケシヤさんは、この話を聞いた人のところに来るんだ。自分を殺したんじゃないかって。そこで違うと納得してもらえないと、イケシヤさんのように腕を切られて殺されるんだってよ」
「……ふざけるなよ」
聡見は目の前でニヤニヤと笑っているクラスメイトに、顔面パンチをお見舞いしてやりたい気分だった。無理やり怖い話をしていただけでも苛立っていたのに、締めくくりが最悪。
こんなことになるなら、大人しく付き合わずに席を移動すれば良かった。クラスでもお調子者の部類にいる谷中が嬉しそうに近づいてきた時点で、こうなるのは簡単に予想出来たはず。そう後悔しても手遅れだった。
「そんなに怒るなって。ただの創作だから、本当にイケシヤさんが現れたりはしないよ」
「きちんと説明してくれ」
本当はこれ以上関わりたくなかった。しかし聞いておかないと、状況が理解できない。
我慢して付き合おう。殴らないように手を抑えながら、聡見は続きを促す。
「はいはい、余裕のない男は嫌われるよ。口裂け女や人面犬ってさ、いつどこで発信されたか分からないじゃん。でも、絶対に始まりがあるはずだろ。しかもその当時は、SNSがなかったのに話は全国に広まった。娯楽が少なかったせいかもしれないけど、みんな夢中になった。そういう話を、自分の手で作り出せたら凄いと思わないか?」
興奮した様子の谷中に比例して、聡見の気持ちはどんどん冷めていった。何をしたいのか分かってしまい、頭が痛くなってくる。
「それが今の話ってこと?」
「そうそう、話が早くて助かるよ。こういう話って、広まりやすいと思わないか?」
「むしろ、話したくない気がするけど」
その話を知ったら、霊が襲いにやってくる。こういった話を誰にするのいうのか。友達にしたら嫌われること間違い無しだ。
「遠見は分かってないな。逆だよ逆。こういう話は自分だけ不幸に会いたくないから、周りを巻き込もうとする。それに、ただ話をするだけじゃない。もう一つ要素を付け加えるつもりなんだ」
「どんな要素?」
興味は無いがとりあえず聞くと、谷中は身を乗り出して顔を近づけてきた。鼻息が荒く、聡見は近づいた距離以上に遠ざかる。
しかし、谷中は気にせず話を続けた。
「イケシヤさんを撃退するためには、この話を最低でも2人に話すことっていうのを条件に入れるんだよ」
凄いと言われるのを待っているかのような態度。自分の考えに自信満々らしい。聡見は絶対に言わないと思いつつ、続きを促す。
「それで、話を拡散してもらうわけか。でも、そう上手くいくか微妙だろ。いくら条件を加えても、今は流行を作り出すのは大変じゃないか」
「遠見は夢がないな。まあ、いいよ。俺にかかれば、すぐにでも全国の人が知るぐらい有名な話になるし、その時にはもう手遅れだから!」
どこまでも冷たい対応の聡見に、予想していた反応と違ったのか谷中は、最後には憤慨した様子で去っていく。何が手遅れなのか分からないまま、ようやく面倒なのが去ったと息を吐いた。
「どうしたの、とみちゃん。ご機嫌ななめだね」
「……良信。帰ってくるのが遅い」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと先生に捕まっちゃって」
「戻ってこないから、変なのに絡まれるはめになっただろ」
谷中が去った途端、タイミングを見計らっていたかのように良信が戻ってくる。もっと早く来てくれれば、谷中に付き合うこともなかったのに。良信は関係ないが、聡見は責任があるかのごとく責めた。
「あらま、ごめんね」
「……いや、良信は何も悪くない。八つ当たりしてごめん」
理不尽な怒られ方だったが、良信は特に気にしていないどころか謝った。そうやって謝られてしまうと、相手が悪くないのに怒った自分が情けなくなり、聡見はすぐに撤回した。
「大丈夫だよ。それよりもどうしたの?」
「……谷中から嫌な話をされただけ。今思うと、こんなに怒る必要はなかったな」
結局は創作だったのだから、イケシヤさんが話を聞いた自分のところに現れることはない。時間の無駄だったが、暇つぶしとポジティブに考えれば怒りも収まってくる。
冷静になった聡見は、良信がいない間に何があったのか簡単に話す。
「へー、なかなか面白いことを考えるねえ」
「……面白いことって。上手くいくか微妙だろ」
「でも、自分で怪談を作り出そうとしている気概は評価してあげようよ」
「もっと別のところに、その熱意を向けるべきだと思う」
「とみちゃんは厳しいなあ」
そう言っている良信も、本気で出来るとは考えていない。どこか無駄だという様子が窺えた。
「でも、せっかくとみちゃんが話を聞いてあげたんだから、少し手助けしてみようか。聞いていた時間がもったいなくならないように」
「本気で言っているのか?」
「まあ、お試しって感じで」
「お試し?」
谷中に同情しそうになるが、良信に付け入られる隙を与えたのが悪いと、聡見は止めなかった。むしろ巻き込まれれば、谷中も少しは反省するだろう。
「そう、本番はまずいからね。死人が出たら大変。実際有名になったらどうなるか。体験しても熱量が消えないなら、応援してあげようよ」
「良信がそう言うのなら……でも、どうするつもりだ? 俺にも何か出来ることある?」
あんなに調子に乗っている谷中をへこますのは、至難の技である。しかし良信なら出来ると、謎の自信を聡見は持っていた。
手助けできることがあれば、なんでも力を貸すつもりで聞いた。
「心配しなくても、とみちゃんにしてもらいたいことはあるから」
悪い顔で笑う良信に、聡見も同じように笑った。
――ねえ、イケシヤさんって知ってる?
――イケシヤさんはね、酔っぱらいの若者に因縁をつけられてリンチにあって、最後には腕を切られて出血多量で死んじゃったの。
――でも、犯人は未成年だったから裁かれなかったんだって。
――イケシヤさんは恨みで悪霊になって、自分を殺した人を探しているらしいよ。
――この話を聞いた人のところに、イケシヤさんは3日以内に現れて、自分を殺した犯人じゃないか確認するんだって。犯人だと思われたら、イケシヤさんと同じように腕を切られて殺されちゃうの。
――それを防ぐためにはイケシヤさんが来る前に、誰かにこの話をすればいいの。でも1人じゃ駄目。最低でも2人に話さなきゃいけないよ。そうすれば、イケシヤさんはそっちに行ってくれる。
――あと……
谷中は嬉しくてたまらなかった。抑えなければ、今にも高笑いしそうなほどだった。
イケシヤさんという怪談を創作し、それを全国でも有名な話にする計画が、予想以上に上手くいっていた。
SNSでまたたく間に拡散され、テレビでも取り上げられた。たくさんの人が知っている。それを作ったのが自分だと思うと、自慢して回りたい気分だった。言わないのが格好いい、そう考えて名乗り出ていなかったが、身近な人になら教えてもいいかもしれない。
「もっと違うのを作ってもいいかもな。それも有名になれば……俺って天才!」
「やーなか! 一人で何楽しそうにしているの?」
自画自賛をしていた谷中のところに、仲のいいい女子が話しかけてくる。ほのかな好意を抱いている相手だったので、にやけた顔を引きしめた。
「別に。それよりもどうしたんだ?」
「ああ、うん。ちょっとさあ、聞いてもらいたい話があって……谷中はイケシヤさんって知ってる?」
どこか気まずそうに言う女子に、谷中は高揚していた気分が冷めていく。その話をしてくるとうことは、条件を達成するために谷中を生贄として選んだのと同じだ。それぐらいの価値しかないと突きつけられた。
「知ってる。用事はそれだけ?」
「あ、そうなんだ」
知っていると言えば、あからさまにガッカリしている姿に、さらに気持ちが冷めていった。行為も消え去って、突き放す態度をとる。
本当なら用事は終わっているはずだが、このままではさすがに良くないと思ったのか、彼女はまだ話を続けた。
「そ、それじゃあ新しい話も知ってる?」
「新しい話?」
「そう。イケシヤさんは、あまりにもたくさんの人が自分について知っているのが許せなくて、初めに話した人も探しているって」
「……なんだそれ」
そんなのは知らないし、自分が作った話ではない。違うものと混同しているのではないか。
眉をひそめた谷中は、女子の話を半ば強引に終わらせて、すぐに新しい要素について調べる。
「……嘘だろ」
新しい話は確かに存在していた。イケシヤさんは、犯人探しが上手くいかない原因は、自分の話を広めた人にあると考えて、その人物に対しても復讐しようとしていると。
だから広めた人物を探すために、話した人を遡っている。そのためイケシヤさんが現れたら、誰に教えられたのかきちんと答えられなければいけない。そして、もしそれが嘘だと判明したら、イケシヤさんに腕を切られて殺される。
最初の人に行き着くまで、イケシヤさんは探し続ける。回避する方法は、誰から話を聞いたのか覚えておくことだけ。初めに話した人以外は、それで助かる。
「……こ、こんなの作り話だ。ありえない」
しかし調べるほど、イケシヤさんが夢に現れて、誰から話を聞いたのか尋ねてきたという体験談が出てくる。
創作だといくら切り捨てても、いつかイケシヤさんが自分の元に来そうな予感がしてしまう。
話した相手に口止めしなければ。
谷中がまっさきに思い出したのが、聡見だった。聡見は、話が谷中の創作だと知っている唯一の人物だ。絶対に口を塞がなければならない。
そうと分かればすぐに行動。谷中は聡見の姿を探した。そして見つけると、開口一番に尋ねる。
「い、イケシヤさんの話。俺が作ったって、誰にも言ってないよな?」
突然の質問に、面倒くさそうな表情をした聡見が素っ気なく答える。
「言ってない。興味無いから」
まだ言っていないのなら助かった。とりあえず安心した谷中だったが、これからは分からない。聡見にはきつく言っておかなければと、周りに誰もいないのを確認して口を開く。
「絶対に誰にも言うなよ!」
命令口調に偉そうな態度。聡見は良信から予め谷中が来るのを聞いていたから良かったものの、少し、いやかなり頭にきた。
「なんでだよ。前に話した時は、言ってほしそうだっただろ。それにかなり有名になったみたいで、良かったじゃないか」
「とにかく言うなって!」
「そんなに謙遜するなって。自分で言うのが恥ずかしいなら、俺がこっそり広めとくよ。有名な怪談を作ったなんて、凄い凄い。もっと胸を張れよ」
分かってて意地の悪いことを言う聡見は、あまりいじめすぎても逆ギレされるから、このぐらいで止めておく。
「まあでも、そんなに言うなら秘密にしておく。案外、奥ゆかしいんだな。知らなかった」
「……絶対、誰にも言うなよ」
「はいはい」
言わない約束を交わすが、谷中は疑心暗鬼に陥っていた。このままでは安心できないと、新たな策を講じる。
「最近、あの怪談話聞かなくなったね」
良信にそう言われて、聡見はすぐに谷中のことだと結びつかなかった。その話をしていると分かると、鼻で笑う。
「イタチごっこみたいに新たな要素がどんどん出て、元の原型が分からないぐらいにぐちゃぐちゃな話になったからな。それに、流行っていうのは廃れるものだろ」
「元気なの?」
主語はなかったが、誰について聞いているのか今度はすぐに察する。
「いつか、自分のところに現れるんじゃないかって、怯えながら生活しているみたいだな。新たな情報が出ないか、確認ばっかしているらしい」
「あらま、それは大変。作り話なんだから、さっさと忘れればいいのにね」
全く気持ちのこもっていない言葉に、聡見は呆れた様子で呟いた。
「……結局、自分が話に取り憑かれたわけだな」
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