第19話 いいよ、また里緒奈にもお礼を言っておいて

「あれ、英語の教科書が見当たらない……」


 トイレを終えて教室に戻った俺は6時間目の授業であるコミュニケーション英語の準備をしようとしていたが、なぜか教科書がどこを探しても見当たらなかった。


「おかしいな、確かに持ってきてたはずなんだけど」


 朝来た時はあったはずなのだが何故机の中に入って無いのだろうか。そんな事を考えながらカバンやロッカーの中を探していると、俺の様子を遠目から見てクスクスと笑っている人物がいる事に気付く。


「……なるほど倉本の仕業か」


 さっき捨て台詞を吐いていた事を考えると恐らくあいつが俺の教科書をどこかに隠したに違いない。小学生みたいな地味な嫌がらせだが、ぼっちの俺には効果抜群だった。

 なぜならぼっちのため教科書を貸してくれるような友達が他のクラスにいないからだ。教科書がないと全く授業にならないため非常に困る。倉本はぼっちの俺が嫌がりそうな事を的確にやってきていた。


「不味いな、どうしよう……」


 休み時間は残り3分くらいしか無いため悠長に探しているような余裕なんて全く無い。倉本を問い詰めるという手も一応あるが、どうせしらばくれるに決まっているため時間の無駄だ。

 正直に教科書がない事を教師に打ち明けようかとも一瞬考えたが、ただでさえ長期間休んでいたせいで悪くなっていた内申をこれ以上下げるのは避けたい。俺が1人で焦っていると玲緒奈から話しかけられる。


「ねえ、涼也君。困った顔してるけど何かあった?」


 さっきまで玲緒奈は教室の後ろの方で友達と話していたはずだが、いつの間にか俺の隣にいた。1人で悩んでいても解決しそうになかったためとりあえず事情を話す事にする。


「……実は次の授業で使うコミュニケーション英語の教科書が無くてさ」


「それは困ったね。ちなみに誰かから借りる当てとかはあるの?」


「……ぼっちの俺に貸してくれるような友達がいると思うか?」


 玲緒奈の言葉を聞いた俺はそう答えた。自分で言ってて悲しくなったが、事実なので受け入れるしかない。


「そっか、なら私が里緒奈から借りてきてあげるようか? あの子のクラスも午前中コミュニケーション英語の授業あったはずだから教科書持ってると思うし」


「えっ、マジで!? 死ぬほど困ってるから頼んでもいいか?」


 今の状況に陥っている俺にとって玲緒奈からの提案は本当に救いだった。地獄に仏とはまさにこの事だろう。


「オッケー、ちょっとだけ待っててね。すぐ里緒奈のクラスに行って借りてくるから」


 そう言い残すと玲緒奈は急ぎ足で教室から出ていく。そんな俺達のやり取りは当然クラスメイト達に見られていた。

 陰キャぼっちの俺とクラスの人気者である玲緒奈が話している姿を好奇心で見るような視線がほとんどだ。

 だが俺に対して憎悪の視線を向けているクラスメイトも一部いて、その筆頭が倉本だった事は言うまでも無いだろう。

 倉本的には教科書が無くて授業中に困る俺の姿を見て楽しむつもりだったはずなので、それがぶち壊しになってさぞかしイライラしているはずだ。

 しかもよりにもよって俺を助けたのが玲緒奈なため、はっきり言って倉本の計画は最悪の結果で終わったと言っても過言では無いだろう。

 教室という事もあって倉本は俺に絡んでこないが、ここがひとけのない場所なら怒鳴られていたに違いない。


「それにしても玲緒奈が里緒奈から教科書を借りてくるって言った時の倉本の顔は最高だったな」


 あいつの表情を玲緒奈と話しながら横目で見ていたわけだが、かなりけっさくだったためとてもスカッとした。もうそれだけで教科書を隠された怒りの感情がどこかに吹き飛んでしまったほどだ。


「……でも絶対これからも何かしらの嫌がらせをしてくるよな」


 倉本の性格の悪さを考えるとこれだけで終わるとはとても思えない。小心者な倉本が派手に何か仕掛けてくるとは思えないが、用心に越した事はないだろう。


「また何か取られても面倒だし、今後荷物は全部ロッカーの中に入れとこう。鍵を閉め忘れさえしなければ多分大丈夫だろうし」


 今回は隠されたのが教科書だったからまだどうにかなったが、これが体操服だったら完全に詰んでいた。

 いくら身長がほとんど変わらないと言っても女子の里緒奈が俺に体操服を貸してくれるとは到底思えない。

 それにもし仮に体操服を貸してくれたとしてもそれを着て体育の授業に参加する勇気なんて俺には無かった。   

 そんな事を思っていると手に教科書を持った玲緒奈が教室に戻ってくる。


「お待たせ、里緒奈から借りてきたよ。放課後返してくれれば大丈夫だって」


「ありがとう、本当に助かる」


「いいよ、また里緒奈にもお礼を言っておいて」


 玲緒奈はにこやかな顔で俺に教科書を手渡すと、そのまま自分の席に座った。そしてすぐにチャイムが鳴って授業が始まる。

 授業中ずっと倉本からの視線を感じていたが、流石に何も出来なかったようだ。正直視線はかなり鬱陶しかったが、特に害は無かったため無視しておいた。

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