第44話 あなたのやった行為は万死に値する
射的で負けて悔しかったらしい澪と玲緒奈がまだ勝負を続けたいと言い始めたため、今度は金魚すくいとヨーヨー釣りで勝負をしたわけだが、ここでも里緒奈の圧勝という結果は変わらなかった。
「……もう勝負するの辞めませんか?」
「そうだね、里緒奈が強すぎて何やっても勝てる気がしないもん」
澪と玲緒奈は完全に諦めモードに入っていた。まあ俺もボコボコにされて心を完全に折られてしまったため気持ちは痛いほど分かる。それに対して里緒奈は満足そうな顔をしていた。
「命令はまた考えておく」
「マジでお手柔らかに頼む」
里緒奈は射的に続いて金魚すくいとヨーヨー釣りでも2勝したため、俺は命令を3つ聞かなければならない。ただギスギスした空気を作り出していた澪と玲緒奈が大人しくなってくれたため結果オーライと言えるだろう。
それから食べ歩きをしたり写真を撮ったりしているうちにかなりの時間が経過しており、気づけば夏祭りの終了時間直前だ。
屋台も次々に店じまいを始めており、会場からもだんだんと人が減り始めていた。そろそろ俺達も帰ろうかなどと話しながら歩いていると、前から歩いてきた中年男性が玲緒奈とぶつかる。
「ごめんなさい」
「ちっ、気をつけろ」
謝罪をした玲緒奈に対して男は不機嫌そうな顔で舌打ちをしながらそう吐き捨てて、そのまま歩き去っていった。
明らかに向こうからぶつかってきたにも関わらずその言い草はいくらなんでも酷すぎではないだろうか。そんな事を思っていると玲緒奈が血相を変えた表情で口を開く。
「巾着袋に入れてた財布が無いんだけど!?」
「……まさかあいつ」
そこでさっき玲緒奈にぶつかってきた男がスリだった事にようやく気付いた。俺は男が歩き去っていった方向に向かって全力で走り始める。すぐに気付いたためまだそんなに遠くへは行っていないはずだ。
「おい、あんた。ちょっと待て」
「くそっ、もうバレたのか」
男を見つけて声をかけると俺の顔を見た瞬間走って逃げ始めたため、しばらく2人で追いかけっこをする。だが高校生と中年男性の体力差は歴然であり、すぐに追いつく事ができた。
「盗んだ財布を返せ」
「うるせぇ、俺の邪魔をするな」
諦めてくれる事を期待したが残念ながらそうはならず、男は逆上して俺に思いっきり殴りかかってくる。
突然の事に体が反応出来なかったため、俺は避ける事が出来なかった。鼻を殴られたようで鼻血がポタポタと地面に落ちる。浴衣にも鼻血が付いてしまったため本当に最悪だ。
「お兄ちゃん、だいじょ……」
後ろから追いついてきた澪と玲緒奈、里緒奈の3人は俺の姿を見た瞬間固まってしまった。まあ顔の下半分と浴衣に血がついていれば驚いてしまうのも無理は無い。
「……ねえ、なんで涼也君を傷付けたの?」
「そ、それはこの餓鬼が俺の邪魔をしてきたからだよ」
「あなたがお姉ちゃんの財布を盗んだのが全部悪いのに?」
玲緒奈と里緒奈は静かな声で男に問いかけていたが、恐ろしいほどの威圧感があった。2人の迫力に男は完全にビビってしまったらしく、そのまま黙り込んだ。
「もしかして涼也君を傷付けてただで済むと思ってる?」
「あなたのやった行為は万死に値する」
「ひっ、助けてくれ!?」
玲緒奈と里緒奈に詰め寄られた男は情けない声をあげた。だが2人は今にも男を殺してしまいそうな雰囲気を出していたため、そんな声を出してしまう気持ちも分かる。同情する気は一切ないが。
そんな男を無視して玲緒奈は巾着袋から黒い何かを取り出し、男の首元に押し当てる。そして次の瞬間、バチッという音が辺りに響き渡ると同時に男が地面に倒れた。
どうやらスタンガンを使って男の体から自由を奪ったらしい。結局男は騒ぎを聞きつけてやってきた警備員に連行されていったわけだが、最後まで怯えたままだった。
とりあえず玲緒奈の財布は戻ってきたため一件落着だ。被害届の記入などを済ませてから今度こそ俺達は帰り始める。
「……ところでなんでスタンガンなんか持ち歩いてるんだ?」
「例の事件に巻き込まれてから護身用に私もお姉ちゃんも肌身離さず携帯してる」
「ああ、なるほど」
確かにあんな事件に巻き込まれて死にかけた経験がある事を考えると納得だ。もう二度と巻き込まれない可能性の方が高いが、万が一の時に俺のようなお人好しがまた現れるとは限らないわけだし。
「でもあの人にスタンガンを使う必要は無かったんじゃないですか? 途中から完全に戦意喪失してるように見えましたけど」
「ああ、あれは涼也君を傷付けた罰だよ。あれくらいで済ませてあげたんだから感謝して欲しいくらいかな」
澪の疑問に対して玲緒奈は平然とそう答えた。里緒奈が隣で頷いている様子を見ると、多分同じ考えなのだろう。そんな玲緒奈の言葉を聞いた澪は黙り込んでしまった。
玲緒奈と里緒奈に対して敵意を向けていた澪だったが、2人の変貌ぶりを見てからはすっかり大人しくなっている。まあ、あんな恐ろしい姿を見たら敵意を向ける気がなくなるのも無理は無いだろう。
最初から最後まで胃が痛かった上にハプニングもあった夏祭りはこうして幕を閉じた。
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