第43話 コツは分かったから勝たせてもらう

 全員が食べ終わった後、再び夏祭りの会場を回っている。相変わらず雰囲気はギスギスしていていつ爆弾が爆発するか分からないような状況のため、俺はとてつもなく胃が痛かった。

 正直今すぐ解散して家に帰りたいレベルだ。だが当然そんな事は出来ないためひたすら耐え忍ぶしか無い。胃薬を持ってくればよかったと後悔し始めていた。

 何とかこの空気を良くする方法が無いかを歩きながら考えていると、視界に射的の屋台が飛び込んでくる。それを見て3人のストレス発散になるのでは無いかと思った俺は口を開く。


「なあ、みんなで射的やらないか?」


「へー、面白そうだね」


「やってみたい」


「私もお兄ちゃんに賛成」


 3人とも乗り気になってくれたため早速射的の屋台に向かう。そして屋台の店員からルールの説明を聞く。

 どうやら倒した的の点数で景品が貰えるというシステムになっており、配点の高い的ほど小さいらしい。


「コルク銃は2丁しかないみたいだけど、順番はどうする? 俺は先でも後でもどっちでもいいけど」


「じゃあ私から先にやろうかな」


「様子見したいから後にしたい」


 とりあえず玲緒奈が先で里緒奈は後だ。澪はどっちにするか少し迷っていたが、先にする事を決めたようだ。


「あっ、そうだ。せっかくだし、点数で勝負しない?」


「じゃあ1位になった人が涼也に好きな命令を1つだけできる権利を景品にしよう」


 玲緒奈と里緒奈は勝手にそんな事を言い始めた。どう考えても面倒な事になりそうな予感しかしない。


「いいですね、そうしましょう」


「……おいおい、澪も賛成するのかよ」


 澪ならきっと反対してくれるに違いないと思っていた俺だったが、そんな期待は一瞬にして裏切られてしまう。

 それによって俺に好きな命令を1つだけできる権利という、俺にとっては何のメリットもない景品を賭けたバトルが始まってしまった。

 むしろ無茶振りされる可能性がある事を考えればデメリットしかないため、俺が救われるには自ら1位になるしかない。

 とりあえず澪と玲緒奈がコルク銃で的を撃っている姿を里緒奈と一緒に後ろから見ていたが、はっきり言って結構難しそうだった。


「なるほど、コルク銃だから中々狙い通りにコルクは飛んでいかないみたいだな……」


「あんまり倒せてない」


 2人とも焦ったような表情を浮かべている事を考えると、多分思い通りに的を倒せていないのだろう。

 結局、澪と玲緒奈は接戦を繰り広げた末に同点という結果で終わった。勝敗がつかなかったためお互い悔しがっていた事は言うまでもない。


「よし、今度は俺達の番だな」


「コツは分かったから勝たせてもらう」

 

 無難に当てやすい的だけを狙ってコツコツと点数を稼ぐ方法で勝ちに行こうと考えていると、里緒奈は自信満々な表情でそう宣言してきた。

 そんな里緒奈の様子を見て一瞬狼狽える。だがここで負ける訳にはいかない。それから俺と里緒奈はコルク銃を撃ち始める。

 俺は当初の予定通り当てやすい的を狙っていたが、逆に里緒奈は得点の高い小さい的を撃っていた。

 コルクが狙い通りに飛ばないという運要素もあるため俺にもきっと勝機はある。しかしその考えはあまりにも甘かった。


「マジかよ!?」


「里緒奈、凄いじゃん」


「嘘……」


 なんと里緒奈の撃ったコルクはほぼ百発百中であり、次々に狙った的を倒していったのだ。店員も驚いていた事を考えると、ここまで上手い人はそうそういないに違いない。

 もはや勝ち目がない事を悟った俺は完全に戦意を喪失してしまう。最終的に里緒奈が圧倒的な点差をつけて1位となった。

 その後俺達は店員から景品を受け取って射的の屋台を離れ、一旦近くにあったベンチに座る。


「……それでさっきのは一体どういうカラクリなんだ? ほとんどのコルクが真っ直ぐ飛んでたように見えたんだけど」


「コルクが真っ直ぐ飛んだカラクリの1つはこれ」


 俺が気なっていた質問をすると里緒奈はカバンの中からハンドクリームを取り出した。


「コルクが真っ直ぐ飛ばないのは表面のデコボコが原因。だからハンドクリームでそのデコボコを塞いだ」


「なるほど、流石里緒奈だね」


「そんな裏技があったのか……」


 俺には思いつきすらしなかった方法を里緒奈は実行したようだ。里緒奈は続けて他のカラクリについても話し始める。


「それとコルクの込め方にもカラクリがあって、コルク銃のレバーを引いた後にコルクを込めてた。その方が圧力がかかって良く飛ぶから」


「へー、あれは適当にやってたわけじゃなかったんですね」


「あの行動にもちゃんと意味はあったのか」


 澪が若干棘のある言い方をしているのを聞きつつ、俺は静かにそうつぶやいた。里緒奈は様子見のタイミングでそこまで情報を集めていたようだ。


「1位になったから涼也に好きな命令を1つだけできる権利は私のもの。ただ今は思いつかないからまた今度にする」


「……分かったよ」


 今更嫌だとは言えないため首を縦に振った。無茶な命令だけは辞めて欲しい。そんな事を俺はただひたすら願っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る