第2話 そっか、ママの言ってた事がようやく分かったよ
「い、嫌。こっちに来ないで!?」
「君達みたいな可愛い女の子を殺せるなんて、俺はめちゃくちゃついてるな」
狂気的な笑みを浮かべてそんな事をつぶやきながら包丁を振り下ろそうとする男の姿を見て、私達はもう駄目だと思った。きっと私も里緒奈も滅多刺しにされてここで死ぬ未来が待っている。
足首を挫いた里緒奈を見捨てていれば私だけは助かったかもしれないが、そんな事できるはずがなかった。
命の危機が迫ると過去が走馬灯にように見えるとは聞いていたが、どうやらそれは本当だったらしい。様々な記憶が次々と脳裏を駆け巡る中、ママが嬉しそうな顔で話している場面が思い浮かんできた。
記憶の中のママは、高校生の頃ナイフで刺されて殺されそうになった時にパパが命懸けで助けてくれたという話をしている。
パパは自分が死んでしまうかもしれないような状況でママを助けたのだ。ママを庇った時にできた傷は今でも背中に残っていて、パパはよく名誉の傷だと話していた。
ママの過去は今の私達が陥っている状況と近いところがあるが、明確に違う点が存在している。それは私達にパパのような存在がいない事だ。
「誰か、助けて……」
思わずそう声を漏らす私だったが、自分が死ぬかもしれないような状況で私達を助けてくれる救世主なんているはずがない。
私が全てを諦めかけたその時だった。突如私達の前にうちの高校の制服を着た男子生徒が現れたのだ。
「……良かった、何とか間に合った」
男子生徒の正体は同じクラスのあまり目立たない男子である八神君だった。どうやら男が私達に振り下ろそうとしていた包丁を手に持っていたカバンで受け止めたらしい。
よく見ると八神君の足はかなり震えていたため、きっと凄まじい恐怖を感じているのだろう。そんな事を考えていると男は明らかに不機嫌そうな顔で口を開く。
「おいおい、俺の邪魔するなんて良い度胸だな。じゃあ、とりあえずお前からぶっ殺してやる」
男は八神君を完全にロックオンしたようで、彼に向かって包丁を振り回し始める。それをカバンでガードしながら何とか回避する八神君だったが、正直いつまで持ちこたえられるか分からなかった。
でもこれ以上無理をする必要はない。だって八神君が時間を稼いでいた間に警察官が現場に到着したのだから。
「警察だ。無駄な抵抗は辞めて今すぐ武器を地面に捨てろ」
警察官数人が現れた事で自分の形勢不利を悟ったのか、男は手に持っていた包丁を地面に放り捨てる。
その様子を見て諦めたのだと誰もが思い始めていた次の瞬間、男は凄まじい早さで懐からナイフを取り出した。
「どうせ俺は死刑になるんだ。それなら巻き添えにしてやるよ」
どうやら包丁を捨てたのは油断させるためだったようで、男はそう叫びながら里緒奈にの心臓を目掛けてナイフを突き出す。
慌てて警察官達が制止しようとするも間に合いそうにない。しかし、男の手によって里緒奈の命が奪われる事はなかった。なぜなら刺されそうになった里緒奈を八神君が身を挺して庇ったからだ。
「っががあああぁ!?」
うめき声をあげる八神君の背中にはナイフが深々と刺さっており、制服が血で真っ赤に染まり始めていた。
激しく顔を歪めているのを見ると相当痛いようで、さらに大量に出血している事を考えると臓器が傷ついている可能性が非常に高いと言える。八神君は痛みに耐えられなくなったのかそのまま意識を失って地面に倒れてしまう。
「1人巻き添えにしてやったぞ、ざまあみろ」
男は警察官達に取り押さえられながらそんな事を喚き散らしていた。それから八神君はすぐに救急車で病院へと搬送される事になる。
八神君の勇敢な姿を見て私は完全に心奪われてしまっていたため、彼には絶対に死んで欲しくなかった。
こんな気持ちになってしまうという事は多分八神君を好きになってしまったのだろう。八神君は命懸けで私達姉妹の事を守ってくれたのだから、惚れるなという方が難しいに違いない。
今までの人生で誰かから好かれる事はあっても、誰かを好きになるような事はなかったのだ。だからこれまで彼氏というものができた事は一度もなかったし、別に欲しいとも思っていなかった。
だが今は八神君という人間の事が心の底から欲しくてたまらない。ママは日頃からよく私と里緒奈に好きな人ができたらどんな手段を使ってでも自分のだけの物にしないと駄目だと言っていた。
「そっか、ママの言ってた事がようやく分かったよ」
今までは適当に聞きながしていたが、今ならその言葉の重要性がよく分かる。私達姉妹の救世主である八神君を絶対他の誰にも渡したくなかった。
ただし里緒奈だけはこの世界で唯一の例外だ。だって里緒奈は元々1つだった受精卵が2つに分裂した事によって生まれた、言わば私の分身体とも言える存在なのだから。
多分里緒奈も八神君に惚れてしまっているに違いない。だから何としても八神君を私達姉妹だけの物にする。
「……絶対死なないでね、八神君」
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