第60話 まあ、例え涼也君が嫌がったとしても逃さないから

「ついに山頂だね」


「やっと着いたな」


「……疲れた」


 休憩所を出てからしばらく歩き続けた俺達はついに稲荷山山頂に到着した。標高233mと聞いていたので凄い絶景が広がっている事を期待したが、目の前に広がっていた景色は正直微妙だ。

 何というか思ったよりも普通だった。道中で京都市内を見渡せる場所があったが、景色だけならそっちの方が良かったと言える。

 玲緒奈と里緒奈も俺と同じ気持ちだったようで何とも言えない顔をしていた。とりあえず俺達は山頂という看板の前で写真を撮った後、上社神蹟に参拝する。


「涼也、お姉ちゃん見て。無料のおみくじがある」


「へー、無料なんて結構珍しいな」


「せっかくだから3人で引こうよ」


 玲緒奈の提案で俺達はそれぞれおみくじを引いた。そして結果を見始める。


「あっ、私は大吉だったよ」


「えっと俺は……凶後大吉って書いてある」


 玲緒奈が大吉を引いて喜んでいる事に対して俺は凶後大吉という珍しいおみくじを引いて少し戸惑っていた。恐らく最初は凶で後から大吉になるという内容なのだろうが、果たしてこれは喜んでいいのだろうか。


「里緒奈はどうだったの?」


「私は大大吉」


 そう口にした里緒奈はちょっと得意げな表情を浮かべている。


「里緒奈凄いじゃん、めちゃくちゃ良い事ありそうだね」


「へー、大吉より上があるんだな」


 俺達はそんな話をしてしばらく盛り上がった後、来た時と同じくらい時間をかけて下山した。


「じゃあ嵐山に移動するか?」


「あっ、その前に買いたいお守りがあるから少し待って」


「うん、お姉ちゃんとここに来たら絶対買おうって話してたお守りがある」


 玲緒奈と里緒奈はそう言い終わると俺の手を引っ張って売り場へと向かい始める。そして2人は命婦えんむすび守というお守りを手に取った。


「なるほど、縁結びのお守りか。ちなみに前に付いてる命婦っていうのはどう意味なんだ?」


「命婦っていうのは稲荷神に仕える狐って意味と、あともう1つ妻って意味あいもある」


「つ、妻はいくらなんでも気が早すぎるんじゃないか?」


 里緒奈の説明を聞いた俺が思わずそう口にすると玲緒奈がニヤニヤした表情で口を開く。


「気が早いって言い方をする事を考えると涼也君は私達と結婚するつもりなのかな?」


「い、いや。今のは言葉の綾って奴で……」


 恥ずかしくなってそう誤魔化そうとすると今度は里緒奈が少し悲しげな表情になる。


「じゃあ結婚しないつもり?」


「そ、そんな事はないけど」


「まあ、例え涼也君が嫌がったとしても逃さないから」


 うん、知ってる。俺はもう玲緒奈と里緒奈から逃げる事はできないに違いない。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 伏見稲荷を後にした俺達は電車で移動をして嵐山に来ていた。


「やっぱり嵐山と言ったら渡月橋だよね」


「嵐山のシンボルだもんな」


「うん、景色も綺麗」


 駅で電車を降りてすぐの所に渡月橋はあり、俺達3人は興奮気味に橋を歩いている。やはり人気のスポットという事で観光客の姿が多く、橋の上は結構混雑していた。


「きゃっ!?」


 立ち止まって景色の写真を撮っていた里緒奈だったが誰かにぶつかられたらしくその衝撃で転びそうになってしまう。


「危ない!?」


 俺は転びそうになっていた里緒奈を咄嗟に抱き止めて地面への激突を阻止する。


「大丈夫か?」


「うん、涼也のおかげで助かった」


 そう言って微笑む里緒奈の表情はめちゃくちゃ可愛かった。


「こらこら、2人ともいつまでそうやって抱き合ってるつもりなの? 周りからめちゃくちゃ見られてるよ」


「……あっ、ごめん」


「ううん、大丈夫」


 どうやら思ったよりも長く俺と里緒奈は抱き合っていたようだ。呆れつつも少し羨ましそうな表情を浮かべた玲緒奈から指摘されなければまだしばらくは抱き合っていたに違いない。


「じゃあ気を取り直して竹林の小径に行こうよ」


「ああ、風情があって綺麗って聞くから楽しみだな」


 俺達はスマホの地図アプリを見ながら竹林の小径を目指して歩き始める。その道中には商店街がありかなり賑わっている様子だ。


「何か甘いものが食べたい気分だしさ、何か買っていかない?」


「確かに小腹も空いてきたし、ちょうどいいな」


「なら抹茶のスイーツがいい」


「確かに京都といえば抹茶だもんね」


 俺達は商店街で抹茶のソフトクリームを購入した。玲緒奈がSNSに写真をあげている様子を横目で見ながら俺はソフトクリームを一口食べる。


「うん、めちゃくちゃ美味しい」


「流石抹茶の本場なだけの事はある」


「これは食べて正解だね」


 あまりにも美味しかったためすぐに食べ終わってしまった。


「……あっ、涼也君ちょっとストップして」


「何だ?」


 突然呼び止められた俺が立ち止まると玲緒奈は顔を近づけてくる。そしてなんとそのまま俺の頬に口付けをしてきたのだ。


「き、急に何するんだよ!?」


「何って、頬にクリームが付いてたから取っただけだよ」


「教えてくれれば自分で拭いたのに」


「ちょっとしたサービスって奴だよ」


 何でもないことのように玲緒奈はそう口にした。

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