第49話 夏祭りの時に約束した命令の1つ目を使う

 映画館の券売機でチケットを購入した俺達は、ジュースとポップコーンを持って劇場へと入る。今人気の映画という事もあって劇場内のシートはほとんど埋まっていた。

 ちなみにこの映画は主人公の男子高校生がヒロインの女子大生とともに日本各地を回って災いを鎮めるロードムービーのようだ。

 恋愛要素もあるためカップルでこの映画を見に行く人も多いとか。2人で雑談しながら待っているとCMが流れ始める。


「いつも思ってる事だけどさ、CM長すぎじゃね?」


「うん、早く映画が始まって欲しい」


 あまりにも長過ぎるCMに対して俺がそう愚痴を漏らすと、里緒奈も共感してくれた。多分この劇場内にいる誰もが同じ事を思っているに違いない。

 しばらく待ってようやく劇場内が暗くなり映画が始まった。俺はジュースとポップコーンを食べながら映画を見る。

 想像していた以上に面白い内容だったため気付けばあっという間に1時間が経過した。そして恋愛要素が強いシーンに差し掛かったところで里緒奈が手を握ってくる。

 突然指を絡められて驚く俺だったが、別に嫌ではなかったためそのまま最後まで映画を見た。エンドロールが終わり劇場内が明るくなったため手を離そうとするが、里緒奈から全力で拒否をされてしまう。


「手を離しちゃ駄目、今日は私と手を繋いで貰うから。夏祭りの時に約束した命令の1つ目を使う」


「……分かったよ」


 人前で里緒奈と手を繋ぐ事はかなり恥ずかしかったが一度約束してしまった以上はちゃんと守らなければならない。


「じゃあ次はショッピング、せっかくムーンライトシティまで来たからあちこち見て回りたい」


「オッケー、2人でぶらぶらしようか」


 俺と里緒奈は恋人繋ぎをしたまま映画館を出て、今度はショッピングエリアを回り始めた。服屋や化粧品売り場、雑貨屋などを見て回り、今はアクセサリーショップに立ち寄っている。

 三日月の形をしたネックレスをじっと見つめている事を考えると、里緒奈は欲しいのかもしれない。だが結局買わずにアクセサリーショップを後にしてしまった。


「なあ、さっきのネックレス買わなくて良かったのか?」


「思ったより高かったから諦めた」


 なるほど、どうやら予算オーバーが原因らしい。里緒奈にめちゃくちゃ似合いそうだと思ったためかなり残念だ。

 いや、諦めるのはまだ早い。里緒奈が買えないのであれば俺が買ってプレゼントするという手が残っている。そうと決まれば話は早い。


「……ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」


「うん、いってらっしゃい」


 一旦里緒奈の手を離すと俺はトイレへ行くふりをしてアクセサリーショップへ戻る。さっき里緒奈が見ていたネックレスの値札を見ると確かに高い。

 しかし今の手持ちで問題なく買えそうだ。ネックレスを購入した後、俺は何食わぬ顔で里緒奈の元へと戻った。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 満足するまでショッピングしてから遅めの昼食を済ませ後、俺達はプラネタリウムに来ていた。手を繋いだままシートに座って天井や壁に投影された星空を2人で眺めている。


「あれがはくちょう座のデネブ、あっちがわし座のアルタイル、あそこにあるのがこと座のベガで、3つの星を結んだのが有名な夏の大三角」


「へー、やっぱり里緒奈は物知りだな。俺はあんまり興味なかったからぶっちゃけ名前くらいしか知らなかったし」


 里緒奈は説明のナレーションに補足をするような形で解説してくれたため、無知な俺でも非常に分かりやすかった。


「昔から夜空の星を見るのが好きだった、だからよく1人で眺めてた」


「玲緒奈は一緒じゃなかったのか?」


 1人で眺めてたいたという言葉に引っかかりを覚えた俺が質問をすると、里緒奈はすぐにその理由を答えてくれる。


「お姉ちゃんは星座とかにあんまり興味が無かったから」


「なるほど、確かに星が好きって玲緒奈のキャラじゃないよな」


 双子でも好みがここまではっきり別れているという事は中々興味深かった。思えば倉敷ミラノ公園のアトラクションの好みも玲緒奈と里緒奈は違っていたわけだし、実は外見以外あまり似ていないのかもしれない。

 それから1時間半近いプラネタリウムの上映が終わって外に出ると、すっかり夕方になっていた。そろそろ帰るにはちょうどいい頃合いだろう。


「今日は2人で色々できたな」


「うん、涼也のおかげ楽しかった」


「どういたしまして」


 そんな事を話しながらムーンライトシティの出口へと向かい、来た時と同様バスと電車に揺られながら家へと帰り始める。

 2人で今日の事を雑談をしながら帰っているうちに里緒奈の家の前へと到着したため繋いでいた手をそっと離す。


「涼也、今日は付き合ってくれてありがとう」


「俺も楽しかったから満足してる、ありがとう」


 里緒奈と一緒だったおかげで今日はかなり有意義な時間を過ごせたと思う。俺1人だったならこうはならなかったはずだ。


「じゃあまた明後日学校で会おう」


「あっ、ちょっと待って。実は里緒奈に渡したい物があるんだよ」


 家に入ろうとしていた里緒奈を呼び止めて俺はカバンの中から綺麗にラッピングされた箱を取り出す。それはトイレに行くふりをしてアクセサリーショップでこっそりと買ったネックレスだ。


「今日のお礼だから受け取って欲しい」


「中身が気になるから今開けてもいい?」


「ああ、ぜひそうしてくれ」


 里緒奈は俺が手渡した箱をゆっくりと開封し始める。そして箱の中身がネックレスだと気づいた瞬間、嬉しそうな表情を浮かべた。

 基本的に里緒奈は基本的に無表情なため表情の変化が分かりにくいが、俺はその違いがだいぶ分かるようになっている。


「これ欲しかったから本当に嬉しい、涼也ありがとう。一生の宝物にする」


「一生の宝物はちょっと大袈裟な気はするけど、大切にしてくれたら嬉しい」


 里緒奈がめちゃくちゃ喜んでくれたため、プレゼントして正解だったに違いない。こうして俺と里緒奈の1日は終わりを迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る