第50話 ひょっとしてそれってフリ?
里緒奈とムーンライトシティへ行った翌日は特に何事も無く一日を過ごし、あっという間に月曜日がやってきた。
午前中の補習後に昼休みを挟んでから学園祭準備に取り掛かるため、午後は机に向かって勉強をする必要がない。
だから普段の授業よりも気持ちはだいぶ楽だが、それでも憂鬱な事に変わりはないと言える。そして昼休みが終わり学園祭準備が始まった現在、演劇で使う衣装を決めるために女装をするはめになっていた。
複数ある候補の中から1つの衣装を決めるだけなのだから女装までする必要は無いと思う俺だったが、監督の女子から女装した姿で衣装を合わせないとイメージが湧かないと言われてしまったため拒否できなかったのだ。
それから俺は着せ替え人形のごとく色々な衣装を着させられたため、はっきり言ってめちゃくちゃ恥ずかしかった。
一刻も早く衣装決めが終わって欲しいと思う俺だったが、監督のこだわりが強いため終わりそうな気配は全くない。むしろ長引きすぎため休憩を挟まなければならないほどだった。
「涼也君、どの衣装も凄くよく似合ってたね。めちゃくちゃ可愛いよ」
「……褒められても全く嬉しくない件」
休憩時間中ニヤニヤした顔で話しかけてくる玲緒奈に対して冷たい視線を送る俺だったが、完全にどこ吹く風といった様子だ。それどころかスマホで俺の写真をパシャパシャと何枚も撮り始めている。
「分かってるとは思うけど、絶対その写真はSNSとかにあげるなよ?」
「ひょっとしてそれってフリ?」
「いやいや、全然違うから。マジで辞めてくれよ?」
SNSのフォロワーが多い玲緒奈に写真を投稿なんかされた日には、間違いなく多くの人から見られてしまうに違いない。
「あーあ、今のは完全にフリだと思ったからもう手遅れになっちゃった。涼也君ごめんね」
「おい、まさか!?」
そう言って玲緒奈はスマホの画面を俺に見せてくる。そこには俺の女装した姿がしっかりとSNSにアップされていた。
「まあ、このアカウントは鍵垢で友達しか見えないようになってるからそこは安心して」
「安心できる要素が全くと言っていいほど無いんだけど……」
玲緒奈の友達は絶対多いに決まっているため、晒し者になる事は確定だ。唯一の救いは鍵垢な事くらいだろうか。
「あっ、涼也君良かったね。里緒奈から可愛いってコメントが送られてきたよ」
「……真面目に学園祭の準備しろって里緒奈に返信しといてくれ」
玲緒奈のせいで無駄に疲れさせられた俺はそう答える事が精一杯だ。結局、その後も色々あり俺の衣装を決めるだけでかなり時間がかかってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「涼也、めちゃくちゃ疲れたような顔してる」
「まさか衣装決めるだけであんなに時間がかかるとは思ってなかった」
「涼也君の白雪姫だけめちゃくちゃ時間かかったもんね、他はすんなり決まったのに」
私は涼也君と里緒奈の3人でそんな話をしながらいつものように帰り道を歩いている。見ているこっちは楽しかったが当事者の涼也君は大変だったに違いない。
まあ私としては可愛い涼也君の写真を撮る事が出来て、コレクションも増えたからかなり満足しているわけだが。
「……なあ、やっぱりSNSにあげてた俺の写真消してくれない?」
「残念だけど1度アップした写真は消さない主義だから、涼也君には諦めてもらうしかないかな」
「マジかよ……」
例え涼也君に何を言われたとしても写真を消す気はない。だってSNSを使って涼也君が私と里緒奈のものである事を周りにアピールしているのだから。
涼也君は気付いていないが、フェイズワンや倉敷ミラノ公園、夏祭りなどで撮った写真も全て投稿している。そのおかげもあってか私達が涼也君と一緒にいる事を周りも受け入れ始めているため良い傾向だ。
「何はともあれ衣装も決まった事だし、一緒に演劇頑張ろうね」
「ああ、無理しない程度に頑張るわ」
「主役なんだからそこは全力で頑張るべき」
明らかに面倒そうな表情で返事をする涼也君に対して、里緒奈はちょっと呆れた顔でそう突っ込みをいれていた。
ちなみに今回の演劇が白雪姫になった事は全て私の仕業だ。私が白雪姫を提案し、話し合いの時に猛プッシュした。他の意見もあったがクラス内の世論を味方に付けた事で無事に白雪姫が採用されたのだ。
まあ、事前に裏工作を色々としていたわけだから白雪姫以外になる事はまずあり得なかったわけだが。当然配役に関しても涼也君が白雪姫、私が王子様になるように誘導した事は言うまでもないだろう。
全ては白昼堂々涼也君とキスをするためだ。それをやりたいがためだけにわざわざ白雪姫を提案したと言っても過言ではない。
一応練習ではキスするフリで我慢しているが、本番は涼也君と激しくディープキスをする予定だ。全校生徒と保護者に私と涼也君の愛の儀式を見せつける。
「……早く本番にならないかな」
まさか全てが仕組まれていたとは夢にも思っていないであろう涼也君の隣で私は静かにそうつぶやいた。
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