第51話 あれはちょっとしたアドリブだよ

 学園祭準備が始まってから早いもので3週間が経過し、ついに学園祭初日を迎えていた。 これから俺達のクラスの演劇があるため、今からちょっと緊張している。

 演劇練習は本当に大変だったが今日のために今まで一生懸命頑張ってきたのだからきっと上手く行くはずだ。そんな事を思いながら俺は女子数人に囲まれて顔にメイクを施されている。

 監督のこだわりでかなり本格的な女装をする事になってしまったため準備に結構時間がかかるのだ。ちなみに俺以外の準備は既に全て終わっていた。

 それから俺の準備が終わり最後の打ち合わせを終えて体育館ステージの裏側にスタンバイしていると、王子様の格好をした玲緒奈がこちらへと歩いてくる。

 玲緒奈は美人であり、クォーターでスタイルも良いため男装がめちゃくちゃ似合っていた。一部の女子から熱い眼差しを向けられるほどだ。


「涼也君、ひょっとして緊張してる?」


「当たり前だろ、緊張するなって方が無理あるわ」


 そう話す玲緒奈はいつも通りにしか見えなかった。まあ、玲緒奈は俺よりもメンタルが明らかに強そうなのでそんなに緊張していないのかもしれない。


「人って漢字を手に3回書いて飲み込むと緊張が無くなるらしいよ」


「いやいや、それって有名な迷信じゃん」


 そのおまじないはかなり有名で実際に試した事もあったが、今まで緊張がおさまった例が無かった。すると玲緒奈は笑顔で口を開く。


「うん、いつもみたいにツッコミを入れられたって事は少し緊張がほぐれたみたいだね」


 その言葉を聞いて玲緒奈がわざわざ話しかけてきた目的にようやく気付く。くだらない会話をして俺の緊張を和らげようとしてくれたに違いない。


「ありがとう」


「うん、どういたしまして。一緒に頑張ろうね」


「ああ、絶対に成功させよう」


 この演劇の成功は主役である白百合姫役の俺と王子様役の玲緒奈の手にかかっていると言っても過言では無い。

 正直まだ緊張も少しあるが、ここまでくれば後はなるようにしかならないはずだ。そして演劇開始のアナウンスとともに体育館の照明が全て消え、いよいよ演劇の本番がスタートした。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 俺達のクラスの演劇は特に大きな問題なく進行してしている。ちなみに白雪姫の声をどうするかという問題についてはクラス内で色々な意見が出ていたが、結局俺の声のままとなっていた。

 一時は裏から女子が喋る案が採用されかけていたが、玲緒奈の一言によって覆されてしまったのだ。曰くギャップがあってそっちの方が面白そうだからとか。

 だから俺が台詞を喋った瞬間、観客席から一斉にたくさんのツッコミが入った。俺の見た目は完璧に女性なため凄まじいインパクトがあったに違いない。

 現在は演劇も終盤に入っていて、いよいよ王子様が白雪姫にキスをする場面だ。俺が棺の中で横たわっていると王子様役の玲緒奈が近付いてくる。

 練習通りなら小人と王子様の台詞の後、棺の前にやってきた玲緒奈からキスされるはずだ。まあ、あくまでフリなため実際にキスはしないが。


「なんと美しい姫だ。まるで眠っているようだが、本当に死んでいるのか?」


「この呪いの毒リンゴを食べてしまったからこうなってしまったのです」


「私のキスで毒リンゴの呪いが解けないだろうか」


 玲緒奈が台詞を言い終わった後、しゃがんでゆっくりと顔を近づけてくる。キスシーンの後はいくつかセリフを挟み、最後にナレーションが入って演劇は終わりだ。

 そんな事を思っていると予想もしていなかった事が起こる。なんと玲緒奈は練習とは違い本当にキスをしてきたのだ。


「!?」


 突然の行動に俺が動揺していると、玲緒奈はそのまま口内に舌を入れてきた。 観客席がざわざわし始めたため、ステージの上で何が起きているのか気付き始めたようだ。

 ようやく唇を離してくれた玲緒奈だったが、俺は完全に放心したままだった。すると玲緒奈が顔を赤らめたまま俺にだけ聞こえるような小声で話しかけてくる。


「涼也君、早く次の台詞言わないといつまで経っても演劇が終わらないよ」


「わ、私は何をしていたのかしら。あら、あなたは?」


 ようやく我に返った俺は慌てて台詞を喋るが言うまでもなく噛みまくりだった。周りを見れば小人役のクラスメイト達もかなり動揺している様子だ。

 まあ、突然目の前で事前に聞かされて無かったディープキスなんかが始まれば動揺するなという方が難しいに違いない。


「私は隣の国の王子です。白雪姫、私と結婚してください」


「はい、喜んで」


 俺の台詞の後、ナレーションが入ってステージが真っ暗になり演劇は終了となった。体育館ステージ裏から撤収した後、俺は玲緒奈に詰め寄る。


「玲緒奈、さっきのは一体どういうつもりだよ!?」


「ああ、キスの事? あれはちょっとしたアドリブだよ」


「あれがちょっと……?」


 なんと玲緒奈は平然とそんな事を言い放った。どう考えてもちょっとしたアドリブの範疇を超えていた気しかしない。

 ひょっとしてまさか玲緒奈は俺の事が好きなのだろうか。いや、きっと俺の事を揶揄っているだけに違いない。

 でも揶揄うためだけに好きでもない男にキスなんてするのだろうか。数日後にその答えを知る事になるわけだが、今の俺がそれを知るよしも無かった。

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