第5話 あっ、涼也君やっぱり起きてた

 職員室で担任の東雲しののめ先生から色々と連絡事項を伝えられた後、俺はゆっくりと教室へと向かい始める。久々の学校ではあったが特に何も変わったような様子はなかった。


「10年ぶりくらいに来るならまだしも、たった1ヶ月とちょっとくらいじゃそんなに変わらないか」


 連絡事項の内容としては授業の単位についてが中心だった。長期間学校を休んでしまったせいで出席日数がかなりギリギリになっているらしく、後何日休んだら留年になるかなどのかなり具体的な事を伝えられたのだ。


「ズル休みしてるならこの扱いも分かるけど、違うんだよな……」


 怪我で入院という正当な理由があるのだから多少大目に見て欲しいと思う俺だったが、どうやらそれは認められないらしい。

 だから2年生の間はもうほとんど休む事ができなくなってしまった。つまり俺は今後例え何が起きたとしても学校に行かなければならないようだ。


「病気とかになったら詰みじゃん。完全に背水の陣状態だし、マジで憂鬱だわ……」


 そうつぶやきながら歩いているうちに教室へと到着した俺はゆっくりと中に入る。するとクラスメイト達の視線が一瞬こちらに向く。だが俺に声をかけてこようとする人物は誰もいなかった。


「……やっぱそうだよな」


 友達がいないぼっちな時点でこうなる予感はしていたが、実際に身を持って味わってみると非常に悲しい気分にさせられた事は言うまでもない。

 そして俺は席に着くといつものように机に伏せて寝たふりを始める。そんな事をする理由は簡単で、教室内では何もすることがなくとにかく時間が早く過ぎ去ってほしいと思っているからだ。

 最初の頃は読書をしたり授業の予習をしていたが、1人で何かしている姿を誰かに見られるのが苦痛になってしまったため辞めた。それから少しずつうとうとし始めていると入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「でさ、里緒奈ったらどうしてもお姉ちゃんと一緒が良いって言い出してさ」


「はいはい、玲緒奈が妹ラブな事は良く分かったから」


 それはほぼ間違い無く玲緒奈の声だった。一応この学校に全く同じ声の人物がもう1人いるため完全に断定はできないが、話の内容やテンションの高さ的に玲緒奈のはずだ。

 玲緒奈と里緒奈から同時に話されると最初は激しく混乱していた俺だったが、最近では少しずつ聞き分けられるようになってきている。

 もう1人の声は多分玲緒奈の友達だろう。さっき俺が教室に着いた時に玲緒奈はいなかったため多分トイレか何かだったに違いない。

 ちなみに玲緒奈はクラスの中でも特にイケイケな男女で構成されたいわゆる陽キャグループに所属している。    

 玲緒奈がクォーター美人でコミュニケーション能力抜群という時点でクラス内のカーストトップなのは言うまでもないだろう。

 そのため本来なら陰キャでぼっちなカースト最底辺の俺なんかと関わる事なんて絶対に無かったはずだ。

 そんな事を考えながらそのまま寝たふりを継続していると俺の席の方へスタスタという足音が近付いてくる。そして俺の席の前で立ち止まると足音の主は何を思ったのか突然耳に思いっきり息を吹きかけてきた。


「うわっ!?」


 驚いた俺が大声をあげて飛び起きると、そこにはまるで悪戯が成功した子供のような表情をした玲緒奈が立っていたのだ。


「あっ、涼也君やっぱり起きてたんだ」


「い、いきなり何するんだよ」


「ごめんごめん、涼也君の姿を見たらいたずらしたくなっちゃったんだよね」


 玲緒奈は全く悪びれた様子もなくそんな事を言い放った。そんな玲緒奈に抗議しようとする俺だったが、周りから無数の視線を向けられている事に気づいて思いとどまる。

 辺りを見渡すとクラス中の視線が俺達2人に集まっており、完全に悪目立ちしていた。多分さっき思いっきり声をあげてしまったせいだ。

 クラスメイト達は俺の事を好奇の目で見ている。中には嫉妬のような視線も混じっており、俺は凄まじい居心地の悪さを感じていた。

 クラスのアイドル的な存在である玲緒奈とぼっちの俺がこうやってやり取りしている事が気に食わないと思うクラスメイトがいるのも当然だろう。


「……めちゃくちゃ目立っててマジで恥ずかしいからさ、これくらいで勘弁してくれないか?」


「もう、しょうがないな。一旦はこれで許してあげる」


 俺が玲緒奈だけに聞こえるような声で話しかけると、彼女は空気を読んでくれたのか同じように小声で返事をしてきた。

 それから玲緒奈は何事も無かったのかのように自分の席へと戻っていく。すぐに同じグループのメンバー達から先程の事について尋ねられる玲緒奈だったがどうやら適当にはぐらかしているらしかった。

 俺はというと相変わらず凄まじい居心地の悪さを感じながら1時間目の授業が始まるまで机に伏せて寝たふりをする事くらいしかできそうにない。

 周りからのヒソヒソする声をイヤホンを装着して完全にシャットアウトした俺は、授業が始まるまで心を無にしながらひたすら寝たふりをした。

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