112-空席に座る者
「!?」
咄嗟にアレッタが見られないように体を前に倒し、布団を隠す。気配も音も何もなかったはず。
しかし、彼はそこにいた。ブランコに腰掛けるように、こちら側に足を投げて座っている。
「…………とりあえず、時間を考えてくれ」
「寝ていないならば朝も夜も違いないさ。それとも……あぁ、やっぱりだ。傷、増えてるね」
視線の先、羽織った服の合間の腹部の裂傷。
「それに……彼らの奥義、だったか。使ったようだね。寿命が減ってる」
指で丸を作り、その中からこちらを覗き込む。彼が”視える”というのはやはり真実らしい。
「なんでもお見通しか。使ったよ。一式だが……疲れた」
「ふふ」
「何がおかしい」
「おかしいさ。斥候で、奇跡も使えるかと思えば、重戦士を超える膂力をその身に宿すんだ。普通の只人ならば、一つだけで限界だというのに」
「今更だな」痛む腕を撫でた。「斥候は求められることが多い」
「そうか」
「そうだとも」
仮面はくつくつと笑い、整えられていない部屋を見やった。物が詰められた蓋を取っ払い、必要なものだけを出したような跡。
「住居を移した。簡単にしか掃除が済んでない」
「そのようだね。……それで、奥の部屋にいるのが?」
奥の部屋で転がしている死霊術師のことだろう。
彼女が気絶した後、残しておくわけにもいかず住居にまで担いできた。
「あぁ。気絶してる。その報告は明日にでもしようと思っていたところだ」
「結構結構。七日の会議が終わるまでは預かっておいてくださいね。あぁ、そんな嫌そうな顔をしないで」
「……まぁいい。これで、依頼は達成だ。こっちの条件も何個か飲んでもらうぞ」
「えぇ。といっても、私どもは元よりそのつもりです。ドダン団長だけが反対をしていますが」
「アイツはそういうヤツだ。……で、今日はそれを言いに来た訳ではないんだろう」
「2つ」
そういうと人さし指と中指を立てた。
「一つは
少し顔を傾け、こちらの機嫌を伺うようにして、
「神殿側からの申し出で、あなたの身柄の預かりたい、と。これは神殿長から直々の話ですね」
「……神殿長が?」
「お話によると、神殿で新たな組織を作りたいらしいです」
「そう……か。神殿の……」
何か企んでいるのは間違いないが、あの神殿長の考えることというのはまったくもって分からない。
嫌な予感しかしないが。
「それで、あと一つは?」
「私の仲間になりませんか?」
「嫌だ」
「そうですか。残念です」
しゅん、とした仮面に警戒を強めるように目を向ける。
この仮面は何かを企んでいる。オレに会いに神殿にやってきて、そのままあの
「…………でも、断るのはオススメしないなぁ」
「……なに?」
ピリ、と違和感が走った。
それは声色でもあり、口元の歪みでもあり……雰囲気でもあった。
「今、街ではアナタの話題でもちきりですよ。なんでも──ディエス・エレは魔族と亜人を仲間にした、と」
「なんだそれ? 誰がそんなことを」
「神官ですよ」
──ストン、と頭の中で何か落ちた気がした。
「丁度、あの街は土地を清めるために神殿から司祭級の神官が向かっていたと聞きました」
神官。
神官、が、そんなことを?
「何名は
いや……そうだ。
どこかできいた。
「その神官が、その話を街中に言いふらし、既に広がりつつある。七日後、
不確定なことだ。犯人探しをしてどうにかなるわけがない。
しかし、そうだ。アイツなら……。
頭の中で女性の声が再生された。
──いやぁ、最近、忙しいんだあ。大陸浄化のご依頼ばかりで。
「…………ソイツは。その神官は……?」
──だから……色々と話したいことがあるんだけど、私一人だけじゃなくて。
「恰幅のよい男性の神官ですよ。なにも『娘を助けに戻ったら、娘を殺した魔族と仲良く話をしている姿を見た』と」
──父さんも一緒だからさ。
「────────。」
繋がった。
サリーの父親だ。
彼が、オレの話を吹聴して回っている。
「…………なんで、あの人は……」
いや、わかっていたことだ。彼は……
過去の記憶が、蘇る。彼に吐かれた毒。放たれた言葉の矢。すべてが、オレの体を蝕んでいる。
「…………」
隣のアレッタが、オレの服を掴む。酷く気分の悪い現実に意識を戻し、仮面に顔を向けた。
「それに、今朝の新聞です」
投げて渡した新聞の見出し。十年ぶりに『最強の座』を決める時が来たらしい。そこまでは見た内容だったが──そこには、見知った名前があった。
「勇者の一党の大盾──ヴァンドがディエス・エレを殺せるヤツがいたらソイツが最強だ、と話をして、今や君は大勢から狙われるようになった」
「…………。」
声にならない声が抜けていく。
──ヴァンドが……オレを売った?
「だから、もう一度言いましょう」
仮面は手を差し伸べながら、仮面とかぶりを剥いだ。
そこに現れたのは、肩辺りまで伸びている寒空のような白銀色をしている髪色。瞳の色は両目で異なり、黒と紫色に分かたれている。
「私の仲間になりませんか?」
同い年ほどの女性の顔の胸元に光っているのは────蒼銀色の認識票。
「…………オマエ」
「あ、自己紹介がまだでしたっけ? アハハ」
胸元に手を当てて、彼女は聖女のように微笑んだ。
「私の名前は、クラディス・ヘイ・アルジェント。
第二章:
英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N- 久遠ノト @effenote
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