第二章:大英雄の条件《エイウス・シネクアノン》
2-1生まれ故郷への帰省
42-悪夢
「幸せになったら、寿命なんてなくなってしまえばいいのに」──とある村の女性の言葉から抜粋。
最近、よく見る夢がある。
勇者一党が魔王退治に失敗して帰国する際に立ち寄った小さな村で、とある女性と再会した時の記憶だ。
数ヶ月前の話だから、他の記憶よりも鮮明に覚えている。
いや、この村は勇者一党が初めて依頼を失敗した村だから、忘れられないというのが正しいのか。
山林に挟まれるその村の側には、山から流れる川が通っていた。陽光を金剛石の断片のように輝かせる水面の下では口をひん曲げた魚が縦横無尽に泳ぎ、上流へと登ろうあと尾ひれを忙しなく動かしていたのを覚えている。
その近くには、魔族が住む遺跡があった。
そう、これは、酒場で聞いた一つの噂から始まったのだ。
「あの山林の村の近くには遺跡があってな。そこにちと昔から
その話に乗った結果、村は半壊。
二つ頭の巨人ではなく──巨人が二頭いたのだ。
おそらく、立て看板か何かにかかれていた『魔族の情報』の言葉を読み間違えて、広まった話なのだろう。その村の人達も「巨人は一体だけ」と言っていたのを覚えている。
蓋を開けてみると、その魔族は昼間に動く個体と深夜に動く個体で瓜二つ。勇者一党が遺跡に立ち入った時に、丁度昼間に動く個体が外に出ており、相方が殺されたことを察知した魔族は暴走し、村を襲った。
「……魔王は、倒されたんですよね?」
そんな村に寄って、慰霊碑に献花をしていた時に、その女性と再会したのだ。
この女性は、旦那がその事件で殺された被害者。
震える声でオレに訪ねた時の顔は、希望と焦りが入り混じっていた。
それはそうだろう。
勇者の一党が生きて帰ってきている。
それはつまり、魔王の討伐が出来たということ。
だって、勇者の一党は魔王を討伐しに行ったのだから。
しかし、答えなければならない。オレにはその責任があった。
「……いいえ」
「……いいえ?」
「魔王は倒していません」
女性の握る力が、強まる。
「じゃあ、なん、で……?」
女性の笑顔が、ぺりぺり、と剥がれていく。
整えられていない爪が皮膚に食い込み、小さな血の粒が手の甲を伝って落ちた。
「旅は一時中断です」
「……うそ」
手から血があふれる。
「本当です」
「うそだ。だって、そんな……はず、あるわけ」
徐々に女性の視線が落ちていく。
ぶつぶつ、となにかを呟く唇はひどく乾燥している。手を握っていた力も弱まっていった。
「……魔王に負けた私達は、一時王都へ帰還し、体勢を整えることを──」
「ウソだッ!!!!」
女性は叫んだ。再び顔を上げたその表情は、希望と絶望と怒りと嘆きに押しつぶされそうだった。
「だったら、なんでッ──アンタは生きてるッ!?」
「勇者や他の仲間が戦闘不能の大怪我を負ったため、私は」
「アンタが殺せばよかっただろう!? そうだろう!?? 本気でやってたらそうはならないハズだろっ!?」
「それは……」
口籠ると女性は息を怯えたように吸い込み、ひゅぅと喉を鳴らす。
「なんで、生きて帰ってきたんですか……? それで、どんな顔をして、ここに立ち寄ったんですか? なんで、魔王を倒さずに、帰ってこれたんですか……!?」
見開いた眼窩から溢れそうな眼球は迷子になったように定まっておらず、手負いの獣のように荒い呼吸をしている。
そして、女性は石を握って投げつけた。
「帰って来るなッ!!」
顔に石がぶつかった。
「お前らがこうしている間にも、人は死んでるんだ!!」
ぶつかった。
「何人が犠牲になる!? 私の旦那のような人間がもっと増える!!」
ぶつかった。
「ガキは死んで! ジジイもババアも、たくさん! たくさんっ!!」
どろり、と血液が視界を遮ろうとしてくる。それすらも今はありがたく感じた。
そして女性は最後に手提げのバスケットを投げつけてきた。
「殺すか! 死ぬか! どっちかにしろよ……ッ!!」
白い花が落ちていく。
ひらひら、と。
追悼するために、摘まれた花々が、足元へ。
──まぁ、この夢をほとんど毎日見るようになった訳だ。
寝心地はすばらしく悪いが、事実なのだから受け止めるしかない。
「……といっても──」
木陰で閉じていた目を開けた。仮眠を取ろうとしただけでこれだ……。
「あぁ~、寝不足だ~……」
明日には
今は開けた場所で休憩中といったところ。日当たりよし、風より、川のせせらぎよし。馬を休ませている今こそ、休まねばといったところ。
マルコも少し仮眠を取っているようで、あとは……あの元気な二人だな。
切り株に座るアレッタとその前で楽器なしの声だけで武勲詩を語るオーレ。
「次は何にしよっかな〜……オッ」
パチと目が合うと、にへ、と笑ったオーレは詠い出した。
一つの影が駆く。
山脈を瞬く間に貫くさまは、まさに矢の如し。
異形も魔物も彼の影を踏むことは叶わず。
消えゆく心に残るは、彼の蛍の輝く夜のごとき瞳。
光を帷覆ひ、宵闇が彼を隠す。
溶く。駆く。
溶く。駆く。
無限の闘争の末、彼の背に声かかる。
あぁ、ありし英雄ここに現れり。
賢者は問ふ。
如何様に知恵を捉ふ。
獅子は問ふ。
如何様に力を捉ふ。
聖女は問ふ。
如何様に奇跡を捉ふ。
影は答ふる。
己の道を照らすよしと。
三英雄は問ふ。
其方の道はいづこへ通ずる。
影は答ふる。
ただひとへに、闇へと。
己の道が闇へと至りしほど、
皆の道は明星へと至るべし。
英雄に気に入られしその影、名聞かれ答ふる。
その影の名はエレ。
我は、民の影なる、と。
忘れ去られし無名の英雄誕生の一幕、これにて。
「ワアアアアアアアア!! それ、エレのハナシ!?」
詩を終えたオーレは礼をして、うむ、と頷く。こうして暇さえあればオレの話を聞いている訳だ。
というか、今のは何の話だ。オレにそんな過去があるのか? エレさんってヒト凄いんですね。いや、ほんといつの話だ。
「オーレ。それ、本当にオレの話か……?」
「そうだよー? あ、でも、ちょっと違うかも。厳密にはお兄ちゃんの詩じゃあない。お兄ちゃんらしき人物が北の雪山で目撃されて、三英雄につれて行かれる時の話だね」
「あ~~……」そういう感じか。オレそんな洒落た言い方してないんだが。「いい詩だった、と、思う」
まぁ、色々と情報が付け加えられるのが詩だ。あれこれと考えるのは良くない。
「うんうん。こんな詩がうたえて、魔法も使える妹が仲間になろうとしてるんだからお兄ちゃんは幸せ者だなぁ」
またそれか。
「……何回も言ってるだろ? 魔法使いとしては仲間にしないって」
「む~!!」
「頬を膨らませても駄目だ」
ズルと木にもたれかかり、ため息を吐く。
「フハハ。オーレ、ドンマイ。エレの仲間になるのは、アレッタだけらしイ」
「オマエもだぞ、アレッタ」
「ムー!!」
「アレッタちゃんもダメなんじゃんか。仲間だ仲間」
「オーレの仲間違ウ。エレと仲間になル」
「なにおぅ。もう、武勲詩を詠うのをやめようかなぁ~」
「ムー!」
「頬を膨らませてもダメ~。ね、お兄ちゃん。そんなこといっても仲間にしてくれるんだもんね?」
「流れで言わせようとしてもダメなものはダメだぞ」
「む~!!」「ム~!!」
「これ何度目のやり取りだっての……ったく」
この二人を仲間にしない理由は、話すと長くなるが、ちゃんとした理由がある。
王都の一件から色々とあったのだ。
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