43-体の異変




「はぁっ!? 塔をやめようと思ってるって?」


「うん……そうなんだ」


「なんでまた……」


 ある日、オーレから受けた相談に腕を組んで唸った。


(気持ちを尊重してやりたいが……)


 悩む理由は明確だ。塔の魔法使いという職業がこの大陸には珍しい『将来が保証されている職業』だからだ。

 塔に至れる魔法使いは極わずか、なろうと思ってもなることはできない。魔法を嗜む者にとっての憧れの場所。


 冒険者の多くが日銭を稼ぐのに奔走しているのに、そんな一生安泰な職を辞めてまでやりたいことって一体……。


「……止めたとして、なにするんだ?」


「それは! おにいちゃんと一緒に旅をして──」


「バカを言うな」


「うぇぇ!?」


 眉間にシワを寄せて不満を表現。だが、わがままを聞くわけにはいかん。

 ようやく手にした地位を手放してまで、こんな旅に連れて行く訳にはいかない。


「でも、ボク、強い。役に立つよ? そもそも、吟遊詩人として活動するんだからお兄ちゃんと一緒に居たほうが」


「一緒に旅をするのはダメだ。危険すぎる。考え直せ」


 妹には幸せでいてほしい。

 これは、兄であるオレの思いだ。


「オレのために人生を棒に振る必要はない」


 叙事の保管を終えたら、オレと関係のない所で楽しく過ごして欲していてほしい。吟遊詩人として力を貸してはもらいたいが、それもずっとじゃない。塔の魔法使いを辞めるのは得策ではない。


 オーレはこの通りだ。

 次はアレッタだが……コイツもなかなか訳ありだ。


「これが、アレッタという冒険者の情報です」


 道すがらの街の冒険者組合に知り合いがいたから調査を依頼していた。それらの書類を受け取ってから、思わず天を仰いだ。


 ──どうやって二日で金等級になれたのかって思ってたら……!


 それの理由は、この紙を見たらおおよその見当がついた。


「……アイツが絡んでるとはな」


 まぁ、この話は麗水の海港パトリアについてからでいいだろう。

 その後はオレの首にかけられた懸賞金目当てに襲ってくる冒険者とか傭兵とか、なんなら民兵に襲われて逃げてきた。


(このままだと、懸賞金が上がってそうだな──)


 ──むに。


 むに? なんだこの感触。右頬から感触が……


「……ん……?」


「おにーちゃん! 麗水の海港パトリア着くってさ!!」


「エレ! 目的地着くっテ!!」


「──!!?」


 ガバッと体を起こした。

 体には毛布が置かれていて、ここは幌馬車の中だ。


「…………おれ、ねてた?」


「うん?……うん」


 いつの間に……?

 オレ、木陰で仮眠を取ろうとして……。アレ……? 


 ──いよいよ体にガタが来てるのか……?


 記憶がない。言葉を失って、頭を抱えた。自分の体なのに管理できてないのが……少し、怖く思えた。


「……」


 いや、それもそうだが、さっきの感触は一体なんだ?──振り返り見てみると、オーレとアレッタがオレを挟むように横になってた。


「……あぁ、だからオーレの方だけ」


 体が成長して扉に頭をぶつける奴みたいに、急成長するとそこらへんが曖昧になるのか? あ、ちょっと頭が冷静になった。アレッタを見ると安心するんだよな。


「ありがとう、アレッタ」


「なんか失礼なコト言われた気がすル」


「……褒めてるんだよ?」


「いや、コレ、バカにしてル顔ダ」


 やいやい言うアレッタの前で、服が彼女のヨダレ塗れじゃないことを確認する。パンパンっ。よし、大丈夫だ。


「それで、着くのか?」


「うん。あ、珍しく寝てたから起こすのもアレだったんだけど、マルコさんが起こして〜って言ってたから」


「いや、大丈夫だ。起こしてくれてありがとう」


 まだ頭に薄いモヤがかかってる。そろそろ、本格的にこの体をどうにかしないとな。

 頭をノックして具合の確認。うん、あまりよろしくはない。


「おはようございます。エレさん。あ、依頼主さん」


「あ、そっか。お兄ちゃん……ボクはお兄ちゃんでいいか」


「? あ、渾名か。そうだったな、オレが忘れてた」


 三人にはオレを外で呼ぶ時は渾名で呼ぶように伝えていた。「エレ」という名前は広まりすぎてるからな。

 お兄ちゃん、は兄妹以外にも使う呼称だからまぁ良しとしておく。


「アレッタは、そういえば決まったのか?」


「こしぬけたまなし」


「放り出すぞ」

 

 そうしていると、ガタガタと揺れていた荷馬車の揺れが穏やかになったのを感じた。


「あ、ほら、見えてきましたよ」


 御者席の向こう側に広がったのは、大河と白亜の街と呼ばれる城塞都市。門の前には行商人や冒険者の待機列が見える。


「ワァ……! デカ!」


 そして、城塞都市から内陸側にある嫌でも目に入る天に向って伸びる塔。


「あれ見たら帰ってきたって感じがするな」


「ホント、久しぶりに帰ってきたね。ボクたちの生まれ故郷、麗水の海港パトリア


「と、天至一塔アルキュラスですね」


「相変わらず、先が見えないねぇ……」


 オーレは御者席から体を乗り出し、お決まりの御者席上の幌にお尻を乗せた。足を投げ出し、雲よりもさらに上へと伸びている天至一塔の先を見るために目を凝らす。

 差し込む光に目をしょぼつかせ、髪の毛を掻く。


「……オーレも久しぶりの帰省だろ? ゆっくりしたらいいぞ。オレは麗水の海港パトリアについたらアレッタを神殿に連れて行くのと、会わせたい人らがいる」 


「ワタシ? 神殿? ナンデ?」


「神官だろう? 神殿、教会、あいさつ」


「アー……なに、ソレ」


「今までやって来てないのか?……まぁ、やっておけ」


「となると、必然的に実家に挨拶ってことになるんだね〜」


 オーレが幌内にいるアレッタを覗き、ニヤと笑った。その意図を汲み取ると蜜柑色の瞳を輝かせた。


「息子さんをワタシに下さい、ってヤツ!?」


「違うから安心しろ」

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