44-星降る日の狼亭
人は、この街を白亜の街や天空の街と呼びます!
青空と雲。青海と白壁。白と青の対比が美しいこの街は、広大な海に面しながらも大陸の中央南に位置し、東西の橋渡しの場所としての地位を確立しています。
──わいわいがやがや、と。
小さな旗を振って子どもたちを率いる女性が窓の枠の外へ消えていった。
「学舎でもできたのか? 孤児院しかなかったのに。それとも観光か? 裕福な街だな」
「何見てんのさぁ。かわいい子でもいた?」
「ここも随分変わったなって。十年しか経ってないのに。更地だったトコロに立派な定食屋もできてるし」
「なに言ってるのさ! 十年も! 経ってるんだよ! 中型のお魚さんがその生涯を遂げるのと同じ時間さ。ほら、蒸したり、バターで焼いたりする」
「サーモン〜!」
「そ! 神官ちゃん正解。あとは、ソテーにしたり、パンで挟んだりしても美味しいヤツ」
「ツナか……?」
「つまるところ、十年はたかが十年ではないのだ。まぁ、ここの土地開発は商業組合の組合長の手腕によるものって話だけど。すごい人だよ、ホント」
「マリアベル様のことですか?」
ゴト、という音が聞こえ、そちらに目を向けると、洋卓の上にジョッキを置いた給仕の女性が立っていた。
「お待たせいたしました。エールと白湯二つ、オレンジジュースです。料理の追加注文はいつでも仰って下さいね〜」
オレがかぶりをしていることを少し不思議そうに見つめてきたので手をヒラと動かすと、詮索をピタリとやめた。
そこらへんの押し引きは心得ているらしい。
「マリアベル様は凄いですよ〜。労働者の味方です。博識で聡明! 髪が長くて、艷やかで、気品あふれる〜……って見たことはないんですけど」
「出会ったことがある人はあまりいないと思いますよ。この街を治める円卓の一人ですから、ご多忙でしょうし」
「街を歩いてる姿だけでも見ることができたらなぁ……」
「会ったことがないなら、顔を見てもわからないんじゃ?」
「あ、そうでした」
ヘヘヘ、と給仕盆を背中に回して照れ笑い。
「この『星降る日の狼亭』や他のお店にも初期の頃は支援してくださったんです。ここの自慢のお肉や魚介も中々高価なものなんですけど、マリアベル様が──」
「おいねーちゃん! エールおかわり〜!」
「はーい! ただいま〜。へへへ。すみません、お仕事中でした」
別の洋卓のお客に呼ばれ、女性は洋卓の給仕に向かっていった。
「……マリアベル、ね。そんな気高いって奴じゃないぞ、あいつは」
「お知り合いなんですか?」
「そういう人種と会う機会が多くてな」
「私もあったことないのに、ですか?」
「会いたいなら是非勇者一党へご加入を。そこら辺の貴族や組合長、お偉いさんとビュッフェみたいに会える」
マルコは自分の力こぶをまた作ろうとしたので、少し笑いながら肩をすくめた。その間にオーレがさささと各々の場所に飲み物を行き届かせていた。
「よぅし、みんなに飲み物が行き渡りました! 食べ物もほかほかなのがあります! いつでも食べ始めれるよ!」
スプーンとフォークを両手に握っているアレッタのヨダレが垂れた。
「でも、ここ結構、冒険者さん多いね」オーレは他の洋卓を眺めた。
「小綺麗にしてる金持ち冒険者だな。大体のヤツは組合で飲み食いをする」
「騒ぎそうな印象あるけど」
「だな。店によっては等級ごとに入店禁止を設けてるところもある」
「ここは、雛鳥が成鳥になる街ですから母数も多いですからね。昔から、ここから東に行けば一人前と言われてるくらいです。異形や魔族がゴロゴロいますから依頼も尽きませんし」
「おっちゃんさん、詳しい。さすが」
「でしょう。おっちゃんさんですから」
「ネェ……ハヤク、ゴハン……」
この大陸の構図は単純化すると、西が只人が収めている領地で東が魔王が収めている領地。東にかけて行けば敵が強くなるという構図だ。
何もない真っ白な紙面に水に浸した絵具を落とすと、中央が濃い色に染まるが端はほとんど白と変わりないのと同じ。
海蜥蜴の尻尾は白。この街は灰色。東に行けば黒くなる。
「じゃあ、ここから東は強いモンスターと魔族がたくさん、と」
「──ゴハン、タベヨ……」
「危ないとだけ覚えとけ。魔族に会ったら逃げろよ。まず、勝てないからな」
「ボクでも勝てない?」
「境界線より下……上級くらいなら。まぁ、相性次第だ」
「うへぇ、下から3つ目か」
「名を上げたい奴が倒しに行くんだ。お前は挑まんでもいい」
「……どうやったら勝てるの? やっぱり弱いところを突けば勝てる?」
「それは教本通りの回答だな。オレの師匠は『相手の強みを潰せば良い』と言ってた」
「? それって」
「──ネェ〜! 早く食べようヨ! 冷めちゃうヨ!?」
面白くない話を聞かされていたアレッタの叫び。
既に洋卓には四人では食べ切れないほどの料理が皿の上で輝いている。こんな状態で「マテ」だなんて、非道も非道か。
「ハヤク! ハヤク!」
「そうだな。じゃあ、いただくとするか」
目を輝かせ、銀食器の矛先を食べ物に向けたアレッタだったが、
「の前に、食べる前に祈りを捧げなくて良いのか? 神官だろう?」
「ウルサイ! 今日くらいは許してくれル! モグモグ!!」
躊躇せずに食べ始めたアレッタに、大人三人はくつくつと笑った。
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