45-冒険者の規律《ルール》



も、一ヶ月もの長旅、お疲れさまでした」


 食事を満足行くまで食べたマルコが声をかけてきた。

 かぶりをしたままこくと頷く。オーレはちびちびと食後の珈琲を飲み、アレッタは未だに食事中だ。


「ああ、お疲れ様。おっちゃんには世話になったよ。助かった」


「いえいえ。お仕事ですから。護衛の依頼もしてくださいましたし。野盗やモンスターはやっぱり遭遇してしまいますからね……」


「もう卸す品もないんだろう? 護衛も大丈夫か?」


 トントンッと机を指で叩く。


「えぇ。一つ前の街で終わってますので、大丈夫です。次はこの街で仕入れたものを王都の方へ運ぶか、次のお仕事をいただくか悩んでるところですね」


「次も依頼をしたきゃ、また声をかけてくれ。支払いは商業組合の方にしておけば?」


「えぇ、そのようにお願いします」


 二杯目のエールをゴクと飲み、少し酒精が回ったような笑い方をした。

 その少しだけ開けた目でこちらに目配せをする。


「……では、依頼主様はこの街では何を?」


「俺はそうだな。住居の移動と挨拶だな。魔法使いサマは用事があるって言ってたよな?」


「うん。あるよ。身内の大事なだーいじなお仕事がね」


 話題を振られたオーレは、残っていた珈琲を飲み干した。


「なら、ここで解散だな。ここの支払いは俺がしておく」


「おっ、気前がいいね。さすが金持ち彼女なしぃ」


「はったおすぞ。その代わりにそこの神官サマを神殿まで案内してやってくれ」


「あいあい〜。任されたよ、と」


 側に置いていた魔法杖と外套を手に持って立ち上がった。


「じゃあ、神官ちゃんもでよっか。行商人さんも」


「ヌェ!? もう出るノ!?」


 お腹をぽんぽんと擦るように叩いていたアレッタは驚く。オーレに手を握られてこちらに助けを求めてきた。


「エ──あ、えっと、だんちょー……」


「団長……?」 

(……あぁ、渾名か)


 そのまま連れられて店を後にした三人。


(……さて、と)


 そして、出ていった者がいれば……近づいてくる者もいる。


 ゾロゾロと5人の冒険者がオレの元へやってきた。王都の時に絡んできた冒険者よりも装備が良い。


「……なにかな?」


「ここぁ、金等級のガキを連れ込んでいい場所じゃあねぇぞ?」


 あの看板が見えねぇのか、と指をさされる。そこには入口から入ってすぐの場所に『白金等級より下の冒険者の立ち入りは御遠慮下さい』と書いてある。


 階級の高い冒険者は、皆が自慢をするように認識票を外へ晒す傾向がある。彼らもその類か。全員が白金等級らしい。


「あんなでけぇ文字が見えなかった訳じゃああるまい? 等級の低ィ同業は何しでかすか分からねぇからなァ?」


「この街の規則に従えねぇなら、出ていきな旅人さんよ」


「そうか。それは悪かった。だが、当面出ていく予定は無いんだ。詫びという形でおさめてはくれないだろうか」


「詫びる……? そんなんで許すとでも思ってんのか?」


 目の前にいる銀髪の男武闘家は拳を合わせた。


「破った側なのに傲慢ね」


 緑髪の女魔法使いは、見下すような目を向ける。


「反省の色が見えないな」「そ、そーだ!」


 濃い紫髪の剣士と、腕を握ってる青髪の薬剤師。


「……出ていけば、すべて、丸く収まるってのに」


 顔色の悪い茶髪の男大盾持ちは、怯えるような顔でそう言う。


「料金はここに置いておく。少し多めにしておいた。規則を破ってしまって申し訳ない」


「いやいやいや! 何勘違いしてるんですかね? 旅人さん。規則違反ですよ? 違反者には罰が与えられるんだ。お仲間さんがいないんだから、アンタ一人で償わないとな?」


 冒険をせず、街の自治行為をしているだと?


「……具体的にはなにを?」


「ここじゃあなんだ。とりあえず、な?」


 銀髪の男武闘家は、クイ、と外に出るように促す。店内から場所を移す必要がある、ということは、まぁ、つまりはそういうことだ。






「たまにいるんだよなぁ……金等級や銀等級のバカが調子に乗って、立ち入り禁止の店に入るのがよ」


「へぇ。そうなんですか」


 そういう話は腐るほど聞いた。公に階級が指定されている食事処や酒場。そして、非公認だが階級が指定されている場所。

 そこに間違えて踏み入った階級の低い奴は、文字通り袋叩きにされ、中には死亡事件にまで繋がったものがある。

 冒険者は金の使い方が荒く、準公的機関のため、そういう勝手都合をある程度なら付けてもよしとされているのだ。


「……っと、ここらでいいか?」


 路地裏に入ったかと思うと当然入口を塞がれる。手馴れたやり口だ。

 というか、冒険者は路地裏が大好きだな。俺も嫌いではないが……まぁ、ニオイさえ良ければ。


「アンタ、なんで規則を破った?」


「まずは謝罪を。申し訳ない。規則を破ったのは事実だが、わざとでは無いんだ。事実として、ただ飲み食いしてただけだろう?」


「だから大丈夫だろうって? そんなことを言って、入って大暴れする輩が多いから規則を作ってんだぞ?」


「おっしゃる通りです。事前に押し出しておくことでトラブルに繋がらない。規則というものは守ることに意義がある。私のように蔑ろにしてしまった者を放っておけば、やがてその規則は効力が薄くなってしまうでしょう」


「なんだ、分かってるじゃあないか」


「分かってるなら、なんで破ったのかしら? 旅人だからというのは理由にはならないわよ」


「えぇ、もちろんです」


 相手の言葉に同意をし、ある程度はこちらの意見を通せるような状況作り。建設的な話をするなら寄り添うことが大事だ。


「ですが、その規則には些か欠陥があるとも思います」


「何を言ってる」


 少し上機嫌になっていた武闘家と剣士が眉を顰める。


「金等級の冒険者が来ることが問題。それは、一党規模で入ることが禁止されているのか、一人でも入っていたら問題なのか。前者は当然、禁止とされているでしょうが、後者はその限りでは無いと思います」


「……??? こいつ、何いってんだ?」


「さぁ……分からん」


「それとここの街は、秩序の神殿がある街だ。神官の飲み食いは奨励されている。つまりは、神官の冒険者は例外という場合もあるのでは?」


「……神官の冒険者は少ない、から」


 薬剤師の言葉に同意する。


「そう、まさにあの看板に特筆するようなことでは無いんです。ですが、そういった表面にない規則もある」


 ということはつまり、と締めくくる。


「今回の場合、冒険者の割合は四人中一人。他三人は冒険者じゃあないし、その一人の冒険者も神官だ。これは問題になり得るのでしょうか?」


 男武闘家、男剣士は凍りつき、瞬きだけをありえないほど繰り返した。ようやく俺の言いたかったことがわかったらしい。


「いや、しかしだな……」


「ましてや、あなたたちはろくに食事を注文せずに一つの洋卓を占領していた。お店の売上的にどちらが貢献した? お昼時の食事処で、ほとんど何も頼まずにゆっくりと腰を据えてなにをしてたのかは分かりませんが」


 反論はなし。


「話は終わりですか? 私も急いでいるので」


 踵を返そうとしたその背中に向かって、顔色が悪かった男が震えながら声を発した。


「――斥候は口が立つ」


 足を止めた。

 顔色の悪い大盾持ちは、今まで抱いていた恐怖や恐れから、なんとか勇気を振り絞ってその名を口にする。


「おまえ……やっぱりディエス・エレなのか?」


 やっぱり、それが目的か。

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