46 路地裏での誤解




「おいおい。そんな訳がねぇだろう? あの人類の敵が、こんな街で堂々と食事をとってるって?」


「黒い神官服の神官。塔の魔法使いの証明である、工匠が造った魔法の杖。王都襲撃の目撃情報と一致している!」


「ディエス・エレねぇ。勇者をだまし討ちし、魔王に加担。国王の首まで狙った……歴代最低の大犯罪者ね」


「いや、でも、まさか。こんな場所にいる訳が」


「その人の顔を見ればわかりますよ。珍しい黒い髪と黒い瞳。包帯だらけの体」


 五人の視線がかぶりの下に向けられた。


(わざとらしいな。演劇の素人でももっと上手くするだろう。いや、わざとらしさをわざとだしてるのか)


 最初からこれが目的だったということだ。

 

(それにしても、勇者をだまし討ち、国王への叛逆、魔王に加担。そんな化け物じみた実績になっているとは、英雄の道ってのも険しいらしい)


 わざわざ人目に付く場所を選んで正解だったな。情報収集の手間が省けて幸運だ。


「オイ! アンタ、顔を見せろよ。見せないっつー選択肢はねぇぞ?」


「聞いてんのか!? 何笑ってんだ!」


 男が胸ぐらを掴みかけ──男の顎をかすめる形で掌底を突き上げた。


「ヌッ──!?……ッ」


 咄嗟の攻撃に、気を抜いていた男は対応しきれず、脳みそが大きく揺らされた結果、体勢が崩れ、地面に倒れ込んだ。

 後ろにいる四人には男の背中で隠れて見えなかっただろうが――


「──ッ!?」


 その男が苦し紛れに見上げ、目が合う。


「っあ……」


「どうした!? オイ! なにかされたのか!?」


「オレの仲間になにをした!」


 抜身にする紫髪の男剣士。路地裏には不釣り合いなロングソード。


(横ぶりはボツ)


 ならば、上げか下げか──いや、突きか。


「シッ──!」


 突き。愚直な技に対して少し体勢をずらし、外套の下に隠していた短剣で打ち上げた。

 路地裏に金属音が寂しく響き、男の唸り声が続く。


「こンのっ!!」


 さすがに武器を吹き飛ばすことはできなかったが、上体を起こされて死に体になった剣士の鳩尾にオレの鋭い蹴りが刺さる。


「グヌッ!?」


「大丈夫っ!?」


「抵抗するってことは、やっぱり、あんた……ディエス・エレなのかい!?」


 返事を返さず歩み寄ると、魔法使いは声を張り上げる。


「陣形を取りな!」


「オォ……!」


 残りの四人が狭い路地で体勢を整えたのを観て、武器を外套にしまい込んだ。


「治安が悪いなァ」


 愚痴をかき消す勢いで大盾持ちが接近。その後ろには剣士が控えている。

 こんな場所で何をしようとしているんだか。


「場所を考えろ、バカが──白金等級なんだろう?」


 大盾持ちが取り出した大斧の切っ先を掴み、反対方向から振り下ろされた剣も掴んだ。

 その光景に、男二人は悲鳴じみた声を上げた。


「指でッ──!?」


「馬鹿な! 魔族にも止められたことがねぇのに!?」


 グッと力を込めた男二人の武器を咄嗟に手前側に引き込み、そのままグンッと下に思いっきり引っ張った。


「ヌッ!?」


 重心が多少ずれる。これだけで体勢が崩れる訳ではないが、軸足を残して目の前の大盾に足刀を繰り出した。

 雷鳴が轟く。蹴りによって、盾が拉げた音だ。


「なっ──!??」


 衝撃に蹌踉めく男に回し蹴りを浴びせる。間を挟まず──当の本人にとって──切りかかった剣を横から手で弾き、反対側の壁に顔を叩きつけた。


「グッ!?」


 崩れる体と一緒に白壁に鼻血がベッタリとへばりついた。


「お前ら……」


 女魔法使いがそちらを心配そうに見つめていると、乾いた音が鳴った。


 ──パチンっ。


「ウォオオオオオオッ!!」


 背後から熱く抱擁しようとしてきた武闘家を屈んでいなし、そのまま胸ぐらを掴み上げ、女二人の元へ投げ飛ばした。


「強すぎる……っ! 私らを、まるで駆け出しみたいに扱って……」 


 ふぅ、と一息つき、手首を検める。


 女の方は襲いかかってくる素振りはないようだ。しっかりとこちらに怯え、警戒をしてくれている。


(まぁ……勝てたのは、手加減されてたからだがな)


 本人達は驚いているが、当然のことだ。無意識下での力の制御。それが只人に備わっている理性というものだ。姿が分からない状態で全力で武器を振るえば犯罪だ。

 さぁて、そろそろハッキリさせておこう。


「で、なんで突然攻撃をしてきたんですか?」


「なんで、って……」


「あんたがディエスだって話でしょう!? それに先に攻撃をしてきたのはどっちよ!」


「胸ぐらを掴む。それは一種の攻撃ではないのか?」


「屁理屈よ! それは」


 憤る女魔法使い。会話できるとなると強気になってきたな。

 まぁ論理的な皮を被った会話で、魔法使いに勝てるものはそうそういない。

 だが、


「目の前で明らかに戦闘行為を始めそうなヒトが胸ぐらを掴んできて、それはただの挨拶です、とでも言うつもりか? 大の大人が胸ぐらを戦闘行為や恐喝、恫喝以外で掴むコトなんてねぇよ。魔法使いだろ、ことばの勉強の前に常識を勉強しろ」


「ぐっ……随分の言いようじゃあないかっ! やる気ならやるよ!?」


「話し合いの時間だろう。野蛮なのはどっちだ。悪いが、女だろうが男だろうが手心は加えないぞ」


「上等よ……私だけでも──」


 今にも《ことば》を綴りそうな魔法使いを銀髪の男武闘家が手で制した。


「なにしてっ……! 邪魔しないで!」


「お前らも……武器をおろせ。こいつは人違いだ……ディエス・エレじゃあない」


「はああっ!? 今更、何いってんのさ!? あの食事処でもう確定はしてただろう!?」


「だが、違ったんだ! オレはみた!! アイツの顔を……」


 つま先を地面にこすりつけながら、袖あまりな外套から手を出す。

 

「アイツは黒髪じゃあない。黒い瞳でもない……っ!」


 ゆっくりとかぶりを取った。その顔に女二人は息を飲む。


 白髪。

 紅色の瞳と金色の瞳。


「なんだ。もうネタばらしか」


 オレの見た目は、噂で聞くディエス・エレとは異なる見た目をしていた。

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