76-エレの体の秘密


「寿命……? 寿命ってのはアレか? あと何年生きるってヤツ」


「その寿命だ。彼の体はもうじき限界ガタがくる。放っておいても勝手に死ぬよ」


「ちと待て。ディエス・エレはかつて『神殿の子』と呼ばれていた神童じゃろう。それからまだ二十も経っとらんぞ?」


 ターフェルの言葉に頷き、少し首を傾げる。


「死なない体の代償さ。彼の体は『自分の死』を未来に分割しているんだ。今、死ぬだけの傷を負っても、その傷を二日に分割すればそれだけでも死なない。それが彼が死なない異能タレントの正体だ」


 仮面はまるで楽しい旅行の計画を語るようにオレの体のことを話し始めた。

 円卓を囲うもの達は言葉を失っているが、それも仕方がないだろう。突拍子もない話で、確実性の高い話題でもない。


 だが、不思議かな。誰もこの発言をバカにする者はいないように見える。


「……アイツはそれを知ってるのか?」


「知っていたら発狂をするだろうね。毎朝の何気ない時間だって、彼にとっては処刑台に上る階段に違いないんだから」


「……」


「そもそもが死ぬのにリスクがない訳が無いんだ。死を繰り返すと、分割しきれなくなった傷が体に現れ、内臓は傷つき、寿命は減っていき、死ぬ。そういう仕組みだ」


 果実を口に運びながら仮面は上機嫌に笑い、左手を下に、右手を上に構え――華奢な手をパチンと打った。


 マナが雪が舞うように現れる。

 

金の糸くずゴルリント

その形を現せアパレッシオ


 《ことば》を口にすると、仮面の思い描く図が金色の文字となって頭上に浮かんだ。金塊を溶かしてその滴る粒に筆を浸して綴るような絵。


 一つの長い棒が現れ、その上には「死」と書かれた線が引かれている。それら横に並んでいき。水位が上がるように全体が「死」の線に達するようになる──……。


「……彼は死にすぎたんだね。美しいよ、ホント」


 《ことば》を使う者は偽りの言葉を発することは無い。


「あいつが傷だらけな理由はそれか」ドダンは納得をするように顎に手をやる「待てよ 、だったら……あいつの傷跡は消えないのか?」


「かつての『死』の結晶だ。消えるわけが無い。もちろん奇跡でも治らない」


「そんな……」


 マリアベルは顔色を悪くなり、口元に手を当てた。


「……じゃあ、エレの体は、今、どれくらいなの?」


「死にかけの老体」マリアベルが絶句するのを見て、言い直した。「よく喋るほうの老体ね」


 マリアベルはふら、と椅子に倒れかかった。


「そんな傷を治せるとしても昔の勇者の一党の高位神官、その人ならば、蘇生術の類で治癒ができたかもしれないね。が、彼は死んだ。希望はないさ。──そんな彼をどうして怖がる必要がある」


 円卓は呼吸を忘れたように静まりかえった。


「……いやぁ、滑稽だよね。本当に滑稽だ」


 かんら、と笑い、頬杖を付きながら横を向いて、葡萄の粒を一つ口に放った。


「国民を護るために命をなげうっていた英傑の最期が、満足に体を動かせなくなり朽ちるんだ」


 仮面は贈り物を貰った子どものように笑い、最期を思い描く。


「良かったね。灼火の堅閻の団長。キミの嫌いなディエス・エレは勝手に死ぬんだ。歴代最低の大犯罪者の末路は自滅だぁ。いい物語だ。作者は誰だろうね。神様かな?」


「お前っ――」


「なぜ憤る? 君らが望んだことだろう」


 ドダンに喜びを共感するように房を向け、彼は歯を噛み締める。


「口を慎め。いくらキサマだとしても、それは意見の域を脱している」


「侮辱に聞こえたかな? でも、これは、君たちが望んだことなんだよ!」


 机に両手を置き、少女のように笑った。


「魔王を倒して欲しい。勇者を護って欲しい。か弱い国民を護って欲しい。それを彼はただ全うしたのだ。そのおかげで私達は楽しい十年間を歩めたね。──そして、勇者の失敗を彼はお前の失敗だと押し付けられ、皆から死を祈られる」


 神に祈りを捧げるように両手を組んで、青空を見上げた。

 口元からは涎が滴り落ちていく。


「……はぁー……っ! で、これを侮辱だというのかい、賢者様は。彼の人生だよ。素晴らしくも尊い悲劇を語っただけ──さささああああイタタタタタタッ!?」


「人の人生を勝手に悲劇にしてんじゃねぇぞ」


 仮面を思いっきり引っ張り上げ、叱った。そろそろ入ってもいい頃合いだろう。皆は声を出すのを忘れているようだが。


 ──姿を表すつもりはなかったが仕方なし。


「オレは自分がしたいことをしてきた。その結果がこれなだけだ。勝手に悲しい物語にしてくれるな」


「な、なっ、んっ、私はキミのファンだから! みんなが適当なことを言ってるから」


「黙ってろ馬鹿」


「馬鹿だと!? 馬鹿って言ったな!? ありがとう!! 憎しみの感情は得てして好意の感情よりも色濃く──」


「うるせぇって」


「ああああ〜……」


 突然の寸劇に頭を抱えていたマリアベルの少しばかり長い耳がピンッと反応をした。


「もしかして……きみは、エレ……か?」


 パシパシと頭を引っ叩いていたが、言葉に応じてゆっくりとかぶりを取った。


「あぁ、久しぶりだな。マリアベル」


 まぁ、想像をするわけがないわな。

 警備に護られ、転移装置の認証も受けて、逃げ場所のないこんな所に──大陸会議フィラデルに大罪人が混じっているなんて。

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