36-嗜虐嗜好の嘲笑
中庭の上で不自然に旋回する一匹の烏。その瞳は真下に向けられ、争いを眺めていた。
「《ことば》の創造って、神域の話なんじゃ……」
中庭の上を飛ぶ烏と《視覚共有》を使いながら、オーレは言葉を失うように呟く。
悪漢を倒し、王城に向かうオーレとアレッタは地道を駆けていた。
転移魔法なんてポンポンっと使えれるわけがない。転移の塔の管理者である《ルートス》ですら、一日に三回使えたらいい方。距離が遠ければ一回の日もあるほどなのだ。
「ことば? ワタシも言えるヨ?」
隣で一緒に走るアレッタは小気味よい歌を歌う。オーレは少し緊張が緩んだように笑った。
「そうだねー……《崩しことば》《只人言語》なら、アレッタちゃんは強敵になるの間違いなしだ」
含んだ言い方のオーレにアレッタは首を傾げた。
「ことば、ちがウ?」
「そうだね……《崩しことば》の親元の《創造のことば》は、
オーレの《ことば》で手のひらの上に《火》が出来上がり、一瞬で消えた。アレッタからは感嘆の声が漏れる。
「《創造のことば》は森羅万象を区切り、規定する力がある。水。油。光。空。時間。空間。何だっていい。ということは、その逆も可能で、森羅万象の全ては《ことば》で表すことが出来るんだ」
「難しイ」
「簡単に言うと、神様がこの世界を作った時に《ことば》を使った。それをボクら魔法使いも使ってるって感じ……でも、勇者のアレは違う」
山を吹き飛ばす魔法使いもいれば、空間を裂くほどの魔法を放つ者もいる。しかしながら、それらは全て既に神が作った《ことば》を繋ぎ合わせているだけに過ぎない。
「……いま、勇者がしたことは……この世界にない《ことば》。もしくは、未だにボクらが研究しても見つけきれていない《ことば》を強引に作ったんだ」
「……それは、すごイ?」
「ビックリするくらいに」
勇者が授けられる
その代償は一体? オーレの表情に影が差し込む。
「勇者強くても、エレの方が強い! ワタシのママより強いんだから! 最強ダ!」
耳に入ってきたアレッタの言葉で、思わず笑ってしまった。
「ハハハッ! そっかそっか! なら、心配しなくてもいいかな。エレは強いもんね?」
アレッタと小走りに駆けながらも、オーレの表情からは不安が拭いきれていなかった。
(お兄ちゃん、頑張ってよ。会えずに終わるだなんて嫌だからね……!)
────短剣の切っ先がモスカの喉を掠めた。
「短期決戦を望むか」
「戦いはいつもそうさ。英雄譚や冒険譚の読みすぎじゃないか? 人は殺せば、死ぬんだぞ?」
「死なぬ者が戯言を!」
懐に入り込み短剣を振り上げると、
短期決戦を望まねば、オレに勝機はない。
展開された焔を纏う結界は「どちらかの対象の死」以外でなければ開かない。「望む頂への礎」は、お互いの望む場所への道のりのために犠牲になれ、という意味だ。
チラ、と自分の胸の前にある下火を見やる。
「今現在のお前の生命力だよ」
「だろうな、分かってたよ」
二人の生命力は歴然としている。火が消えると結界が開く。声が届かない結界の外への配慮だろう。エンターテイナー気質な勇者の性格がよく出ている。
「勇者の力を惜しげも無く使って倒そうとしてくれるのは有難いが、力の無駄遣いじゃないか?」
「そうかな? 殺せど死なぬ者の息の根を止めるためには足りないくらいだと思っているよ。たとえ、長年の旅で弱くなっているとしてもな。怪物退治にはもってこいの力さ」
「怪物ねぇ。耳が痛くなる呼び名だ。しかし『類は同に集まりし』という。お前も同類だよ」
エレが攻める度に、王国兵から奪い取った武器の貯蔵が減っていく。残りは片手で持っているものを含めて短剣が5本。
「シッ──」
短剣を喉めがけて予備動作無しで投擲し──真っ二つに割れて落ちていく。残り4本。
「厄介だな、その能力は……!!」
先程から攻撃を悉く無効化にし、今回の攻撃の決めてを損なわせたのは、アスカロトの能力の一つ──斬撃操作だ。
空間に固定されている不可視の斬撃が、モスカを護っている訳だ。
「無いとこ狙ったってのに。だが、
地面を低く駆け、再び、懐に踏み込んだオレはモスカの目を狙って短剣を振るう。仰け反って避けられたが、視線が動かされたモスカの前にはオレの姿は既にない。
──パチンッ。
モスカは音の方向へ武器を振るうと、投擲された短剣が見事に真っ二つに割れた。
「矢ではないから効くと思ったか?」
「思うわけがないだろ。目的はこっちだ」
モスカの頭上にいるオレ武器を振りかぶる。アイツの防御は間に合わない。
だが、モスカの顔に恐怖はなかった。
「いいのか?
言葉と同時、体が無数の斬撃に襲われた。
「──〜っ!!?」
「避けたか、四肢を切り落とすつもりだったのだが。まったく、すばしっこいのは相変わらずだな」
「マナに異常はなかったはずだぞ!」
「そうだろう。細かな斬撃を固定していたのだ。戦闘中の速度では上手く感知できないだろう?」
有り得ない。人間の技術ではない。
だが、そうだ。そんなの知っている。
彼は只人ではなく──神に選ばれた人──勇者。
「勇者様はほんっと能力に恵まれてて羨ましいね……!」
「お前も同じだろう──
飛んできた斬撃を避け、その余波で頭部が切れる。ドロッと流れる血液の勢いは止まらず、視界を真っ黒に染める。
「おっと、悪いね」
「いいさ、気にすんな。
開けていた瞳も閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
元より、見えない斬撃がある時点で視界に頼る方がお馬鹿さんだ。細かな斬撃があるのならば、より情報は少ない方が良い。
中央の石像の土台を上手く障害物に利用しつつ、なかなか距離を詰めさせてくれないモスカへの攻撃の算段を立てる。
「……硬ぇ」
彼の周りには最大の攻めと護りを兼ね備える斬撃が浮かんでいる。それを崩すためには、モスカが捌ききれないほどの攻めをする必要があって……。
足踏みすると、モスカはニコリと笑う。
「ならば、少しイタズラをしてみよう──《
知覚していた空間がぶわと広がったように感じた。アスカロトの斬撃が空間の中に高密度に散りばめられたのだ。
「どうだ? 瞳を閉じたその目に希望は見えるか!?」
モスカの表情に初めて酷薄な笑みが浮かぶ。……オレも笑った。
「どうしたお前。今日はやけに紳士ぶってると思ってたら……ようやく本当の顔が出てきたな。
その言葉にモスカの口角が痙攣する。生まれは辺境貴族のモスカには、一番刺さる言葉だ。
「これだけの観衆がいるんだ、そりゃあ道化も演じるだろう!?」
ぐにゃりと歪んだ口角。
勇者の本当の姿はこれだ。
【勇者】という凡夫が手を伸ばしても届かない力を得た結果、生み出された傲慢かつ
モスカは高々に笑う声は、結界の外には届かない。
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