38-”引き分け”
「きさま……なぜ」
袈裟斬りといえども、右上から左下へ振り下ろしただけ。
もちろん王国兵が使っている質素な剣ではモスカの鎧が切れるわけではない。
だが、その鎧に傷をつけることができた。
「はははははっ! これで魔王とオレだけだな、お前の鎧に傷をつけれたのは」
呆然としているモスカと観衆を前にして、五体満足のオレは短剣を捨てながら笑う。
「なぜ、生きている!? 火は確認した! 生命力は絶ったはずだ! 結界も……」
「おいおいどうした? いつもの顔になってるぞ?」
モスカの激昂具合に呆れ顔を浮かべた。
「オレを殺そうとしてきたからもしかしてとは思っていたが……モスカ、お前、どこぞの誰かから
モスカは否定をしない。国王の顔に焦りが見えた。
やっぱりそうか。おかしいと思っていたんだ。
「鵜呑みにしたのか? それ、オレのことを何回も殺そうとしてきたクソ神官らが言ってた吹聴話。所謂、噂だ、噂」
「だが、貴様は役目を終えれば死ぬと自分で言ってただろう!?」
「なら役目はまだ終わってないんだろうさ。それと悪いが、それは前に検証済みだ」
ぼろぼろになった肌着から、心臓部に残っている傷跡を見せた。
「お前を庇って魔王に一度
この場の全員が言葉を失っている。
「ならば……お前は、最初から分かって」
「当たり前だろ。計画も何も立てず、お前と戦えるかっての。……武器が縛られてるから勝ち目はなかったのは困ったが」
「……」
この言葉が『武器さえあれば勇者を殺せれた』と後々に報道されることになるとは、この時のオレは思っても見なかった。
モスカにもそういう形で伝わったらしく。柳眉をはねさせた。
拳は震え、唇を血が滲むほど噛みしめる。体裁を保つのにやっと。言葉も必死に選んでいるようだ。
「だったら、貴様に怪我が蓄積されていっていたのはなんだというんだ!? 貴様は──」
「それはお前の弱みを利用しただけだ。《ことば》に対して理解が浅いのに行使できる。自分がかけられるなんて露にも思っていない」
モスカは後ずさりをしながら、観衆にも目を向ける。
しかし、彼らもモスカと同じく状況が飲み込めていないようだ。
「いつから……いやっ! なんの術をかけていた!?」
「オレはお前の先生じゃあないんだぞ? それくらい自分で考えろ」
モスカの口角が引きつった。
「強い《ことば》は使えないが、使い所によったら──なぁ?」
その手を頬に当てて、離すと頬についていた切り傷が消えた。
「おかげさまで、オレを殺せれるって良い夢見れたよな。おめでとう」
結界もオレを確実に殺せれると思って「死んだら開く」になっていた。死ねない体だが、死ねば死んだ判定になるとは思う。それかもしくはモスカが「殺した!」と盛り上がって解除した可能性もある。それだったら目も当てられないがな。
あとは、火を視えなくする一工夫で、モスカは勝手に盛り上がってくれる。
お調子者は扱いやすいな、ホント。
「なぜ、お前が《ことば》を使える!?」
激昂したのは体裁を保てていないお髭。涼しげな顔からの豹変ぶりは、オレを笑わせようとしているのかと思えるほどの変わりようだ。
「……なぜと言われましても」
ルートスが送っていた叙事に……あぁ、いやまた勘違いを。国王宛にはモスカから送られてくる記録があるはずだ。そこに書いてないのか? おや、モスカが気まずそうにしている。書いていないんだな。コイツめ。
「まぁ、勇者一党の叙事には書いてあるはずですよ。叙事はモスカの剣が光って敵が死ぬばかりではないのです」
へら、と笑うと、国王は怒りを顕に武器を抜いた。
だからその剣は折れてるんだって。
「陛下! 相手の挑発に乗っては──」
「ここには数え切れないほどの目がある。モスカが正しいな」
モスカの静止に国王は頭で分かっていても、体が止まらないようで声を荒げた。
「今の結果は認めない! もう一度だ! モスカ!! もう一度、コイツと──」
「現実から目を背け、勝手な噂を信じ込んだのはそっちですよ? それとも手の内を明かしていないから反則だとでも言いたいんですか? 冒険者の受付嬢でも知ってることですよ? 辺境の街でも『ディエス・エレは全部の職業の技が使える』だなんて言ってたんですから」
広場の中央にまで下がり、両手を広げた。
「辺境の者が知って、
「
「叱責できる立場かよ、オマエ」
ニコリと笑い、観衆にも目を向けた。
「オレからしたら、神からの言葉を無視してそこの勇者じゃなく、オレに「魔王を殺せ」と命令する国王と、アンタら国民の方が
その言葉に張り詰めていた糸が切れたように、観衆から罵詈雑言が飛んできた。
一つ一つは聞き取れないが、まぁなんとも語彙力が豊富なことだと感心する。
「が、権力ってのはいいなぁ。こんなにアンタが無能だって分かったのに、兵士や記者は王様のことが大好きらしい」
ここまで無能さを露呈させてるのに、未だに王国兵はあちら側。
こんな者たちに期待をしていた自分が情けなくなってくる。
とまれ、英雄を喰らうためには英雄王の実績を超えなければならない。となると……
他に英雄もいるから一概には言えないが、とりあえずはこの二つだな。
「じゃあ、今回の勝負は引き分けってことで。オレは帰ります」
「は……はははっ! ここから帰れると思うなよ!? 出口なぞ封鎖していて──」
「オイ。ずっと、観てたんだろ。いい加減、助けに来いよ──あ、顔は隠しとけよ」
投げるように言われた言葉を観衆が頭で理解するよりも早く、オレの前にどこからともなく降り立ったのは……目線の高さが少し高い者と子どもような身長の二人だった。
「どこからっ──!?」
かぶりによってその顔は確認できない。しかし、モスカは地面に突かれた杖をみて、歯を軋ませた。
「塔の魔法使いだと!? なぜ、そんな奴が手を貸す!?」
「さぁ? 善行を積んだからじゃないかな」
「ふざけるな!!」
声を荒げるモスカだったが、なにかを思い出したかのように唇を震わせた。
「オマエ……まさか、ソイツと全部……仕組んでいて──」
「殺せ! 兵士たちよ!! 何をしてる!! はやく、この者たちを!!」
王国兵に攻撃を命令する国王の前で、現れた魔法使いに向かって耳打ちをした。
「声を最小限にしろ。お前の声は耳に残る」
不服そうに頷く魔法使いからモスカに意識を戻して、にや、と笑った。
「なぁ、モスカ。いつもとは反対だな」
──《
「旅をしてたときは、お前が転移してオレが残って戦ってた」
──《
「まぁ、せいぜい頑張れよ勇者サマ! 魔法を使わない火の付け方くらいは覚えてやれよ。ヴァンドが気の毒だ」
──《
「王国兵や、新聞各社サマたちもお元気で。王都にいる民にオレはなんの思い入れもありませんが、東で生きれなかった人達の分までのびのびと平和でも謳歌してください」
そして、最後に国王を向き直った。
「あと、国王……は、いいや。どうせ、期待しても無駄なだけだし」
国王が怒り狂い、叫ぶ。
その言葉が耳に入ってくると同時に、オレの前で杖を構えていた妹の声が小さく聞こえた。
「《
忽然と姿が消えた。
今頃は、どこかの核点にいることだろう。
怒りの矛先を失った国王は、自国の兵に向かって叫んだ。
「なぜ!! 攻撃しなかった!? 貴様らはアイツを見逃したんだぞ!? この国の信用を貶した、アイツの肩を持ったのだぞ!!?」
鼻息荒く怒りを散らす国王の前で、王国兵は皆が震えながら、泣きそうな顔で空っぽな鞘と空の矢筒を見せた。
国王は声を詰まらせる。
「申し訳有りません……陛下」
「勇者様があの者と戦闘を始めたときまでは、たしかに持っていたのですが……」
「戦闘が終わってみると、武器が……大変、申し訳有りません」
本人たちも何故、自分が武器を持っていないのかが分かっていない。
エレが武器を盗んだのは精々十本に満たない短剣と、弓と矢が数本。その程度がなくなっただけで、機能しなくなるわけがない。
だったら何が──王国兵の沈黙を国王の怒号が貫く中、微かにコーヒーのニオイがした気がした。
広場中が混乱に陥っている中、モスカは毀れた短剣の切っ先を拾い上げ、紅白鎧に強く擦り付けた。
「……」
傷が付かない。
刺せど、切れど、突けど、無理だ。そうしているうちに短剣は壊れてしまった。
それはそうだ。この短剣は鈍同然。そしてこの鎧は鉱人が手がけた歴代最高の鎧。いかなる魔族の攻撃でも傷が着くことは無かった。
こんな鈍で傷が着くわけが無いのだ。
「だったら、なぜ……」
エレは弱くなっているのでは無いのか?
これも《ことば》の効果なのか?
「オレは……《創造》まで使ったんだぞ? なのに──」
──あいつは、奥義すらも使っていないじゃないか。
拳を握る手が強まる。
『悪い。もう、アレを使えるほどの体じゃあないんだ』
……いいや、使えなかったのか?
あの時の言葉すら嘘かもしれない。分からない。
だが、彼は不可能を可能にしてきた
どこまでが本当で、どこまでが嘘で。
「……これが、引き分けだって……?」
十年もの間、共に旅をしてきて彼のことが分かっていたつもりだったと言うのに。
モスカは強く握っていた拳のちからをゆっくりと抜いた。
「引き分けでこんな感情になるわけねぇだろ」
モスカは悔しくも愉快げに口元を歪める。
彼の底は勇者の光でもっても照らせぬほど、深い闇となっている。
叙事の書き換えを阻止し、その人物と堂々と眼の前で合流。
勇者に何らかの魔法をかけて、一騎打ちを上手く逃れる。
相手が誤った情報を持っていると見抜くとそれに合わせて動き、有利に運んでいく──
「ディエス・エレ……お前は、何者なんだ?」
かつての仲間への問いは、広場の喧騒で掻き消されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます