65-お互いに素直になれない

 


「塔の管理者にいじめられていた……?」

 

 涙が止まった後のオーレに話を聞くと、どうやらそうらしい。

 

 魔導学院を主席で卒業し、その後に塔の研究者として火の塔に入ったのだと。

 だが、管理者に目をつけられてからは研究だけでなく組織的な動きを要求され始めた。

 そこまでは、まぁ、耐えられたらしい。

 だが、研究だけでなく雑用や他の仕事も押し付けられて、管理者内でオーレは除け者にされ初めて──と。


(だから、塔に戻りたくないのか)


 それでも、とオレは唸った。

  

「い、いやっ、そんな。でも、ダイジョウブだよ。心配かけるつもりはなくって、だから」


「……」


 いや〜……ひと目みて分かる。絶対無理してる奴だ、これ。


 おどおどしてるし、目も激しく動いているし、口もどうしたらいいのか分からずに迷子みたいに開きっぱなしになってる。

 

「……行きたくない理由は分かった。だが、オレのところに来いとは言えん」


「うん。そうだよ、ね……」


「犯罪者の味方になる。オレのこの体もいつまで持つか分からん。護ってやるとも自信を持って言えない」


 ──オレは、ここ最近、こういうのばっかりだな。


 白か黒か。表から裏か。善いか悪いか。そんな二つで解決できる問題ばかりだったらどれだけ良いか。


 オレがオーレを仲間に連れて行けれない理由は、ご存知の通り、自分の体で安全の保証ができないからだ。


「だから──」


 だが、だからこそ、自信を持って来いと言えないからこそ。


「オレは……おまえの意見を尊重したいと思った」


「それって──っ!」


 目を光らせて、オーレは立ち上がって、オレに顔を近づけてきた。甘い香りが鼻にまで届き、荒い鼻息が耳に届いた。


「だが、危ない道だということは理解してほしい。オレが勝手に選んだ道ってことも」

 

「危ないのは分かってる……!」


 ──あぁ、三英雄がオレを旅に連れて行った理由がなんとなく、分かった気がした。

 瞳に手をひかれる。そんな言葉があれば、それが最も相応しいだろう。


「でもっ、もっといい道なんてない。ボクはお兄ちゃんと一緒の道を歩きたいよ」 


 そんな妹の姿を少しだけ見て、ため息を吐きながら抱き寄せた。


「……今から聞く話は、まぁ、独り言だと思ってくれたらいい」


 恥ずかしい話だが、これでも、オレは兄なのだ。

 だから、思う所があった。


「オーレは妹だから、こんな危ない道に来るよりも他の幸せな道に進んで、どこかで幸せになってほしかった」


「……うん」


「どこかの男と結婚して、子どもに囲まれて、歌の先生になるっていう夢を叶えてほしかった」


「…………」


「でも、オマエがいてくれたら心強いとも思ってた」


「……」


 こっ恥ずかしいが、ディエス・エレとして、一人の兄として、悩んでいた。


 オーレや他の兄妹はオレみたいな道には進まず、どこかで幸せを見つけてほしかった。


 そう、思っていたのに、


「なんだ、お兄ちゃんもそう思ってたんだ」


「……? なにがだ?」


 声色が跳ねたオーレだったが、恥ずかしそうに話し始めた。


「ボクもお兄ちゃんにさ、危ないことをしてほしくなかったんだ。英雄になるのは応援してるけど、さ。でも、一緒に長生きしてほしいな、とも思って」


 初めて聞く彼女の本音に……心のどこかが和らいだ気がした。

 そんなこと思ってたのか……。


「……やっぱり、兄妹だな」


「お互いに、素直に、なれないんだ」


 頭を撫で、笑った。

 理想と現実はいつも違う。だけど、こればかりはそんなに嫌なチグハグじゃない。


「……あ、でも、一応言っとくとさ。ボクだって犯罪に片足突っ込んでるんだよ」


「? でも、まだ引き返せれるだろ?」


「ううん。叙事の保管をしたことで、王様からちゃんと命を狙われることになった」


「はっ!?」


 オーレの肩をぐいと押して持ち、顔を見た。苦笑いをしながらも、楽しそうな顔をしている。


「再三とボク宛に鳩が飛んできててね。内緒にしてたんだけど」


「…………なん、で、おまえは」


 初耳でとんでもないことを言い出した。

 時折、妹宛に連絡が来ていたのはそれだったのか。学院や神殿関係かと思って深く聞かなかったというのに。

 ということは──オーレが叙事を持ち出したとバレている、と。

 

「待てよ。塔に報告したってのは、じゃあ……」


 ギクッと肩を震わせたオーレは、悪戯っ子のような顔になって。


「えへへ。宣戦布告しちゃった……」


「オイ」


 コイツ、横に目を逸らしやがった。


「目を合わせろ。どこが片足だよ。全身ズブズブじゃねぇか」


 両頬を抑えた。こっち見ろ。おい。あ、笑ってやがる。


「……そういう大事なことはちゃんと言え。……宣戦布告も好きなだけすりゃあ良いから」


「ウン」


「好きな男が出来た時も、やっぱり仲間を辞めたい時も、なんか気になったことがあったら何でも言え」


「うん? うん……っ!」


 ぐにむにと引っ張り、戻した。ヒリヒリとする赤い頬を抑えながらも彼女は笑った。


「これで、ボクももう後には引けないよ。だからお兄ちゃん。力を貸すから、力を貸して」


 小悪魔のように笑うオーレ。


「お兄ちゃんには長生きしてもらいたいから、ボクが仲間になって助ける。お兄ちゃんはボクを幸せにする。こども、とか……も、まぁ、それは、追々、だけど」


 彼女は昔のように護られるだけの存在ではない。それに加え、ある程度の強引さも覚えてしまっている。


 あと、どうすれば、オレが折れるかも知っているからタチが悪い。


「……はぁ」


 誰に似たのやら。

 間違いなく、あの人の影響もあるだろうな。


「あーーーーあ、分かったよ。仲間だろ。腹ぁ決めた。くそがよぉ、塔の魔法使いサマが仲間になってくれて光栄だよ!」


 照れ隠しではあるが、少しの本心も混ざってる愚痴。

 今まで大事に線引きしてたのが馬鹿らしくなってきた。

 だから、オレも悪魔のように笑った。


「せっかくだから、オーレが好きな昔のやり方で、な」


「なにをするの?」


「オレは大英雄になるんだ。そんな奴が仲間を募る時にやることは一つしかねぇだろ」


「……!! もしかして!」


 この手の慣わしは、踏襲すればするだけ良いのだ。

 背筋をただし、外套をオーレに渡した。

 下から現れたのは襟付きの──燕尾服のような──装いだ。腹部には女ものの腰巻きコルセットが巻かれているが、ここから臓器が出たときが一番しんどいからってのは今はいいか。


「──出自は省くぞ。どうせお前も知ってるからな」


 襟を緩め、左手を胸に当て、左足を軽く引いた。


「……我の名前は、ディエス・エレ。輝く星を追い求め道を歩む者。然れどその道は未だ誰も踏破者は存在せず、人々からも望まれぬ道。その道の助力者を我は求める」


「ふぃ、あぅ、う、うん」


「……なに照れてんだよ。オレも恥ずかしくなるだろ」


「いや、うん、そうだ! うん!」


 これは、かつては士官の口上だったらしいが、それが形を変えて様々なものへ派系した。

 今回のこれは、かつての英雄が仲間を募る時に述べた口上だ。


 王様の前で大英雄になると誓ったのとほとんど一緒。

 森人エルフらはここらへんに煩いが、只人で使うのはそんなにいない。オレは師匠が森人エルフだったから自然と言い回しがこうなってしまうのだ。


 名前、出自、簡単な紹介──そして望むもの。

 本来ならここでオーレのことを敬うように口上を言うのだが、それを言うと本当に士官の口上になってしまうから省こう。


 キラキラ目を輝かせるオーレを見上げて、最後の砕けた口上を述べた。


「──だから、妹殿。オレと一緒に犯罪者になってくれるか?」





「──〜ッ!!」


 諦めた、呆れた、少し怒ってる。でも、本気で怒ってない。

 ──あの時と同じ顔だ。

 

 昔にオーレがエレに習って少し悪いことをした時に、注意をしてくれた一件。

 あのときから、二人の関係性は変わっていない。


 兄妹思いで強いエレ。

 兄妹思いで真面目なオーレ。

 だが、その憧れはエレのような振る舞いができることだった。

 

 そんな憧れの人から、まるで英雄譚の一幕のような出来事を贈られたのだ。

 オーレが我慢出来るわけがない。


「それはっ……!! 魅力的な提案だぁっ!」


 エレに飛びつくように抱きついたオーレの笑顔は、太陽に負けない輝きを放っていた。

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