1-2王都と懸賞金

11-布団の中で



 這い寄る手。


 白雪のような手が喉元まで、蛇のように近づいてくる。

 

「――っ」

 

 藻掻こうにも、胸元にのしかかる重みで身動きが取れない。

 じんわりと染み渡るのは、温かくも冷たい液体で。

 体を啄むのは大きな口で、服の上から食らおうとしてくる。


 手を動かそうとして――手が絡みついてくる。

 脚を動かそうとして――足が絡みついてくる。

 

 ――どうして、こうなった。


 最大限の注意を払っていたつもりだった。

 武器は確かに身に着けてはいなかったが。

 それでも、奇襲は最も警戒していたのだ。


「エレ~……むにゃむにゃ」


「……………寝相が悪いってもんじゃないぞ、こいつ」


 胸上でアレッタは、気持ちよさそうに寝ていた。




 その日の昼。

 オレは交代で見張りをする練習をした方が良いと提案をした。


 目的地まではそれなりに長い旅となる。オレも多少なりとも馬の走らせ方を学んでいるから、と。


 すると、マルコはポンッと手を打ってこう言った。


「じゃあ、私が夜中に起きるようにしますね」


「あぁ、そう──はっ?」

 

 詳しく説明をした。誰にでも分かるように。


 夜中の見張りはモンスターや野盗などが現れる可能性がある。

 荷卸がある都合上、早めに移動距離を稼ぐ方が良い。

 朝はマルコが馬を走らせ、夜はエレが馬を走らせる。

 馬はその都度休憩をさせる形で……。


「では、私が夜中に起きておくので、エレさんも夜は寝てくださいね」


「あぁ、やっと話を分かって──ないな。……大丈夫か?」


 マルコの目の前で手をブンブンッと振った。意識はある。


「いえね、といいますのも……アレッタさんからの要望で」


「ソウ!! ワタシ、ゆっくり旅したイ!」


「ですので、私が主に馬を走らせます。エレさんは、私が変わってほしいと思った時に変わっていただく程度で」

 

「……ソイツの話をまともに受けることはねぇぞ」

 

「私は上級行商人です。本業は本業にお任せを。護衛のお二人は、護衛をしていただくだけで宜しいのですよ。もしもの時は頼らせていただきますので」


 そんなこんな押し切られ、今。


「むにゃむにゃ……」


 確かに離れては眠っていなかった。毛布は一つしかないのだ。それでも、できる限り距離をとっていたはず……っていうか、なぜ、上に乗っかっている? そんなことあるのか?


「……おもい」

 

 なんとか体を動かし、左手を拘束から抜け出させた。むにゃむにゃと居心地が悪そうに唸るアレッタを睨みつけた。もちろん、効果はない。


「はぁ……子どもってこんなだったか?」


 今度は体勢を変えつつアレッタを多少強引に床に下ろすと、オレの寝間着を着こなす少女は、少しばかり不機嫌そうに唸った。


「寒くねぇのかオマエは」


 その額を指を突く。眉間にシワを寄せて無意識下の抵抗をしてきた。


 アレッタに取っ払われて遠くでぐちゃぐちゃになっていた毛布を手繰り寄せ、自分用にして頭から被って背中を向けた。


「さむ、よく毛布なしで寝れるよ」


「エレ……ぇ」


 言葉が聞こえ、背中にぬくもりを感じた。抱きついて来たのだ。


「起きたか。とりあえず、離れて──」


「おねえちゃんが、まもってあげる、から……ヘヘヘ。たよって、もっと、ほめテ……ウヒヒヒ」


「おねえちゃん、ってもしかして、寝言……」


 確認しようと振り返ってみたら、自分にだけかけていた毛布に潜り込んでいたアレッタの寝顔がそこにあった。


「ゥ」


 鼻先が触れる。

 長い睫毛に目が向かった。

 むにゃ、と艷やかな唇が畳まれ、戻り、色濃い紅色になる。


「……だまってりゃあ、可愛げがあるのに」

 

 それを見て、くす、と笑う。


 毛布の中は、まるで二人だけの世界だった。毛布が二人を外界から隔絶し、温かい空間が二人の首元に汗を垂らせている。


 幌馬車の端に吊るされている角灯の明かりを毛布が濾し、うすぼんやりとした明かりで二人を照らす。吐息の当たる距離で密着をしている二人の間は、秘密ごとを共有しているような特別な雰囲気となっていた。

 

「ほめろ……がんばってマス、ので……よくばります、ウヘヘ」


「……どういう生活してたら、そんな寝言が出るんだよ」


 毛布をアレッタの方にも伸ばすと、再び手を伸ばして来た。


「エレ……まもってあげるから……あんしんし、テ」


「おまえに頼る予定は今んとこないから安心して寝やがれ」

  

 毛布よりも温かいアレッタの体温に触れ、睡魔が走ってやってきた。

 アレッタの腹部、腕、胸に囲われた空間が温められていって……。


 瞳を閉じようとして、少し堪えた。睫毛がぼんやりとした橋となって、周囲を暗く染めようとしている。


「……たまには……」


 意識が落ちるようになくなっていき──最後に瞳を開くと、




「エヘ」




 蜜柑色の瞳を開いてエレを見つめている満面の笑みの彼女がいた。


「エレ、寝顔かわいい」


「──〜っ!?」


 幌馬車から聞こえたドンッという物音にマルコが駆け寄ってきて、角灯を幌馬車内に向けた。


「どうしまし、た……って」


 照らされたのは、戦闘体勢になっているオレと毛布を肩からかけて笑ってるアレッタの姿。二人とも息を荒くして、かなりの汗をかいている。


「若いっていいですね」


「勘違いすんな!! コイツが」


「エレと寝てただけだよネ。顔近づけて、温かくしテ、汗かきながら」


「オレの毛布に入ってきただけだ!」


「エレさん、毛布は一つしかないのでは」


 マルコの指摘に、アレッタと毛布とマルコを見つめて、髪の毛を掻いた。


「……目が覚めた。白湯を用意してくれ」


 やるせない気持ちで幌馬車から降りた。




      ◇◇◇




 バチッと焚き火の火花が散った。マルコが木の棒で焚き火の中の木を突く。その反対側でオレは鉄色の洋杯に入った白湯を飲んでいる。その近くでは、眠たそうにしているアレッタが横に倒した丸太に座っていた。


「それで、この後はどうするんですか?」


「目的地は麗水の海港パトリアだが、とりあえずは王都だな。腕っこきの神官がいるって聞いたから寄ってみるつもりだ。あんま期待はしてないが……」


「となると……最短で2日ですかな?」


「予定があるのがもう少し後だが……」


 ゴソゴソと衣嚢を探るが、そういえば《海蜥蜴の尻尾》を出立してからあの人からもらった招待状をなくしていることを思い出した。

 同封されていた地図だけはあるんだが……、まぁいいか。久々に会おうといった内容しか書かれていないものだったし。


「とりあえず、人に会う予定だ。呼び出しをくらった」


「エレさんを呼び出す御仁がいらっしゃるとは……どなたですかな?」


「英雄譚オタクには悪いが、毛色が違うから期待はしなくてもいい。なに、ただの要人だよ」


「要人はただのって言いませんよ……?」


 マルコの指摘つっこみに口をひん曲げた。そうかな、と小さくつぶやき、白湯を啜った。


「それ以外にもなにかあるのでは?」


「おぉ、鋭いな。まぁ、それはお楽しみだ……ん」 


「エレ……ねむい……」


 くい、とエレの裾が引っ張るアレッタ。


「わかりやすいくらい眠そうだな」


「ねむい……」


「寝てもいいぞ。大人の話に子どもが付き合う必要もない」


 クイクイと引っ張って、首を横に振ってきた。


「いっしょに、ねる……」


「エレさんも寝ていいですよ」


「オレは別に寝なくてもいい……おっと」


 こつん、とアレッタの体がオレに任せられた。完全に限界のようだ。


「……コイツ」


「エレさん。一緒に寝てあげてくださいな」


「悪いな」


「いえいえ。それに、予定は三日後ですよね。王都につくのは三日目の早朝でも問題はありませんか?」


「いいけど、どうしてだ?」


「育ち盛りの子どもを早く起こすのも気の毒でしょうから」


「そこまで気を遣わなんでいい。が、まぁ、王都まではお言葉に甘えることにするよ」


「ふふ、では、おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


 少女の軽い体を支え、抱き上げた。その姿を見てマルコは笑った。






 そして──その後ろの森にいる人物らも笑みを浮かべていた。

 

「弱ってるっつーのは、ホントらしいな」


「あぁ。思ったより、簡単そうな仕事だ」


 草薮や木上から息を潜めて対象の動向を注視し、手には短刀や弓が握られている。

 暗闇に溶け込むような黒装束、東洋に伝わる『忍』とやらに近い身なりだが、彼らはれっきとした王国直轄の部隊である。──といっても、非公認ではあるのだが。


 非公認の勇者育成機関──妙諦の調チャリオット。 


 勇者を囲い込む王国が密かに作り上げたその施設は、勇者の器となりえる人材を作り上げるのに奔走していた。結果として、王国軍の戦力向上に繋がったのだが、育成途中で使えなくなった者たちも存在している。

 人格破綻による植物状態や凶暴化。それらを一つの部隊にまとめた結果が彼ら。

 特殊部隊、呼称を涸沢ターシアと言う。


「いつ襲う。女がいたぞ」


「対象以外のことは依頼に書かれてない。好きにしろ」


「……サイコーだ」


 依頼を受けた時は血が滾った。

 内容はなんと『今を生きる勇者様の付き人を殺せ』という依頼だったのだ。


「なァ、早く行こうぜ。元付き人とやらは寝ちまったんだぞ? 今なら、外にいる行商人をやれば」


 しかし、このような尾行すら気が付かない者だとは思ってなかった。

 

(英雄譚ではほとんど聞かないと思っていたら……こんな者と勇者様は旅をしていたのか……?)


 全く、呆れる。

 魔王討伐の失敗の原因と言われているらしいが、お荷物を背負ったままでは思うように戦えない。


「何ビビってんだよ隊長。勇者になるべく育成されてきた俺たちと、ただの只人エレでは力の差なんて明らかだろ?」


「……あぁ、そうだな」


 部隊長は手を振りかざし、進軍の令を下す。


「総員。かか──」


 手を振り下ろそうとして、男の喉は月下に輝く剣によって貫かれていた。


「……っぺァ?──ぁグァア?」


「お前ら、誰の差し金だ?」


 部隊長の声が飛び、代わりに聞こえてきた男の声に男たちは振り返り、吹き出る血を体で受け止めた。

 視界不良。が、見れなかった者たちは幸運だったであろう。

 エレが喉に突き刺したまま、そのまま上に引き抜いたのだ。

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