12-涸沢
「ヌ、ィ」
男の顔面から頭部にかけてが半分に分たれ、循環していた筈の血液は元気よく吹き出していく。
「オマエ……なんっ」
「質問に答えろよ。ほら──」対象の男は隊長の死体を蹴って渡し、そのまま男の体をまっすぐに貫く。「ナァ、聞いてんだろ。誰の命令でオレの命を狙ってんだよ」
貫いたまま隊長の背中を蹴り飛ばし、武器を引っこ抜く。
「アアアァァァァァ!!!」
そして、よろめいたエレに襲いかかったのは
首、胸、脇腹、肋骨、瞳、顎、またたく間に連撃を繰り出す殺人の技。初見で防ぐのは至難の技である。
だというのに──
「──おぉ、はやいな」
「アァァッ……ッ?」
なぜ、
「この決まった型は、
連撃を見切るという言葉では生ぬるいソレは、すべて、どこを狙っているのかを知っているかのように叩き落としてくるのだ。
「基本の型を崩さずに相手に使うのはいいが、応用ができてこそ習得だ」
徐々に、徐々に、ほんとうに少しずつ、エレの速度が上がっていき──いつのまにか、後手に回っていた男は自分が貫かれてしまう。
「グッ……ァ」
頽れる敵を斬り伏せ、鋭利な岩壁に蹴り飛ばした。
「──お前らは見てるだけか?」
攻撃の隙はいくらでもあった。が、襲ってこなかった。
振り返り見ると、その理由も分かったのだが。
目が虚ろ、焦点が合っていない、口からはだらしなく唾液が伝っている。
「……ほぉ、放心状態……というか、器が壊れてるって感じか」
エレが近寄っていっても反応はなし。
「で、奇襲を狙うって算段と」
目の前の男を持ち上げ、射られた矢を防ぐ。
「なんだとッ!? なぜ分かったんだ!!」
「なんでだろうな。
エレは盾にしていた男を放り捨て、首を鳴らした。
──殺意とか、敵意、とか。そういう黒い感情なら分かるのか?
アレッタには殺意が無かったということか。エレは小さく笑う。
「隙だらけだ──ッ!!」
隠れていた男が岩場からまっすぐエレに向かって武器を伸ばした。
「──!」
踏み込みの音がなかった。移動の音も──
ただ、剣嚢が擦れる音だけが残念だ。
「──《
エレの脇下を狙った剣は軌道がズラされ、空を捉える。
「なにを、したァァァ!?──グヌウゥゥッ!??」
上体が死んだ男の喉をエレは押さえつけ、ミシミシと骨が軋む音が響く。
首肉と喉頭結節が絡まるように、貫くように。呼吸すらも通さぬように空間が絞り取られて行く。
「《ことば》だよ。魔法、知ってるだろ?」
ギジ、ギチ、と。骨が肉を貫く中、男は叫んだ。
「総員ンッ!! 戦え──ッ!!」
森奥にいた指示待ちの男たちの瞳に光が宿るのが見えた。
「ほお……隊長が死ねば、次は意識を持ってる奴が隊長になるのか。だから、まとめてかかってこなかったのか?」
勇者の器になれなかった者たちの刃が一斉に襲いかかってくる。
その数は13人。木の上から降り注ぐ者、間合いの外から弓を射る者、蛇のように地面を這うように来る者。
「ったく……汗かいたらどうすんだよ」
エレは武器を構え、月明かりに照らされて──その腕が飛んだ。
「──は?」
殺したはずの男が喉から血を吹き出しながら、最後の力で剣を振るったのだ。
握っていた武器は飛んでいき、壊れた器たちの攻撃はその小さな体を切り裂いた。
「──……っ」
血があふれる。上体だけでなく足まで切り裂かれ、幾つかの剣は体を貫いたまま地面に突き刺さっている。
実質上の固定──そして、その男の眉間に弓を射る。当然、ヒット。頭が飛んでいった。
「っ──はあっ! これで、やったか。……危なかったな」
エレの体を襲った男たちは、だらんと脱力し、次の武器を腰帯にかけていた剣嚢から取り出す。
弓使いは、口元の布を外し、外の空気を吸い上げた。これで、対象は排除できた。あとは、と。
「ガキと商人だけだな。物資、女は……若いのは趣味じゃあないが、まぁ、楽しめるだろう」
木上から遠い幌馬車を眺めて口周りを舌で舐め取った。脳内では女の体を弄んでいるところだ。
股間が熱り立つ。戦闘の興奮が止まない。汗を拭い、木上を勢いよく蹴り、真っ直ぐに幌馬車にめがけて、
──背中に熱い衝撃を喰らい、無様に落下した。
「グアアアッ!?」
何が起こったのか分からない。壊れた器どもがなにかやったのか。背中に突き刺さっていたのは彼らの使っている武器だ。
男は震えながら──怒りか、血液が止めどなく溢れているからかわからないが──仲間たちの方を見やる。
「オマエらァッ!! 一体、何してんのか──」
「あー、握力も弱まってるんだった。殺しきれてなかったかぁ……まずったまずった」
「──わかって……」
声。
耳がまだ覚えている声。
それは、対象の声で……殺したはずの男の声で。
飛ばしたはずの頭にあるはずの口腔で、ことばを喋っていて。
「よぉ。今は、お前が隊長なんだな? 壊れてない器はお前だけか? ってかいい武器使ってんな。昔のオレのより上等な武器じゃないか」
「なぜ……生きてる?」
「はぁ? オレのことくらいルートスの叙事に……あぁ、そうか。アレは塔で管理されてんのか」
刺された武器をすべて抜き、地面に突き刺した。
「まぁ、モスカの冒険譚は……王様宛に送ってたろ。まぁ、アイツの賦詠みたいなもんだ。そこには書かれてはなかったのか?」
男の反応を見る限り、何も知らないらしい。
「なんだ。そっか……オマエも可哀想だな」
──ブンッ。
言葉では彼のことを思い、行った行動は、剣を腹部に向けて投げつけるというもの。
「グッ──アァアアァッ!?」
弓使いの体は軽量化がされていることが多い。突き刺さった勢いのまま木にぶつかった。
「ブッァ──」
酸素が抜けて朦朧とする男の顔の横に剣を突き刺し、反対側に靴裏を押し付けた。
顔を近づけ、エレはひどく優しそうに笑った。
「教えてやるよ。オレ、死ねないんだよ。どこぞの神からもらった異能とやらでな」
「ヒッ……」
男の顔に絶望がべったりと張り付くとその体は電撃でも浴びたかのように震えだし、熱り立っていた股間は萎びて黄色の体液を吹き出させた。
「気の毒に、適当な情報を掴まされたんだな」
アイツは弱っているから勝てる、とかなんとかそんなことを吹き込まれて遣わされたのだろう。
やっぱり、王国というのは人的資源をただの数として見ているようだ。彼も消耗品という奴だ。
若干、気の毒に思っているエレの前で、男は冷や汗をかきながら叫ぼうと口を開いた。
「お前ら何をしてる!! そいつをころ──」
「──ウルサイ!」
「ジェア!?」
男の頬を横から殴った白い影。それはしょぼしょぼする目を擦る少女神官だった。
「お。アレッタ」
「エレいなくなったと思ったラ……なにしてるノ!?」
森の奥といっても騒げば気づくものもいるだろう。おそらく、マルコも気がついている。
が、参加するとエレの邪魔になるかもと思ってこないのだろう。
その点、アレッタはそんなのお構いなしに飛び込んできた。まぁ、若いから仕方がない。
「アレッタ。危ないから隠れとけ」
「イヤだ!! はやく寝ようヨ〜!! もう、ねむくテ……」
「こんのっ、ガキが調子を──」
「──ダマレ!!」
「オロオァ!?」
懐の刀を取り出して襲った男の顎を蹴り上げ、そのまま腹部に連撃を食らわせていた。
エレは目を瞬かせた。
弓使いといえども、
それを神官が倒すというのは前代未聞だ。
「……
金等級の実力があるのかと伺っていたが、評価を改める必要がある。
「エレぇ……ねようよぉ……って、エ!? なにそのキズ!?」
アレッタがエレに飛びついて、先程受けた傷を触れながら絶句をした。
──傷が増えている。ということは、
眠たいアレッタの頭であってもその犯人が誰かは分かった。
バッと振り返った時には、少し遅かった。
「お前らァ!! ソイツらを殺せ──」
エレは武器を投げつけて胸を貫くが、発声してしまえば命令は届く。
弓使いが死んだあとは彼らを止めることのできる理性持ちはいない。
「はぁ……面倒な仕事を残して行きやがったな」
アレッタを背にして、男の胸部に突き刺さっていた武器を抜いた。
「隠れとけ。コレはオレの仕事だ」
「ヤダ。エレに傷をつけるヤツはワタシが許さン」
「なら、殺しはするなよ。神官の手を汚すのは遠慮するからな」
「マカセ!」
…………
……
武器が月明かりに照らされる。
短剣と呼ぶには先端が細長く、レイピアと呼ぶには幾ばくか短い。
エレがずっと持っているその武器はどこかの魔族を倒した時に手に入れたモノだ。
「勇者を支援すらしなかった国王が、オレに刺客を送るとはな……ぁ」
武器を振るうと──瞬く間に男たちの首を跳ねた。
鮮血が月下に散り、地面には鈍い振動音が響く。そのうち、飛んできた首の髪の毛を掴み、エレは座った。
「…………可哀想に。お前らも希望を持って生まれただろう」
死者を冒涜するつもりはない。
その反対側ではアレッタが
眠たいといっていた少女は動きにくい神官服のまま、的確に急所を狙い拳を振り抜いている。
「アイツはアイツで何者だよって」
東方の出身だったら有り得る話か。
魔族の驚異にさらされている土地で育った者は、西方にいる只人よりも成長速度が尋常じゃない。
──下手したら、白金等級くらいの実力があるんじゃないのか……?
少なくとも、昔の山ごもりをしてた時のオレよりは強い。
奇跡も毎日、五回も祈ってくれている。回数だけ見ても金等級には収まらないな。
これは、将来化けるぞ。とんでもない逸材だ。
「アレッタ。もういいぞ、こっちこい」
「ン!」
歩み寄ってきたアレッタの頬についた血液を手拭いでぬぐう。その傍ら、抜き身の短剣で男たちの首を斬撃で跳ねた。
それらを他の死体と同じ場所に置いて、隊長だった男の服を探る。
「武器、装備。本当に
はあ、と息を吐いた。ほしい武器も無ければ装備もない。ただ、彼らは王国の非公認のなんでも屋。装備に王国の紋章を刻まれていないから高く売れる。死者と共に装備を埋めるのはどこかの風習であるが、殺しに来た彼らにそこまでする義理はないだろう。
「お前らの装備、武器、もらうぞ。だから、安らかに眠れ」
弓使いの目を手で閉ざす。
「アレッタ。祈りを」
「エレ以外に祈ると神様に怒られル……」
「何いってんだ。ほら、祈れ」
死体の山に向かって手を組み、祈祷を捧げる。
基本的に自分が手にかけた者たちに対してする行為ではないが、これは例外だ。
人の命をなんとも思わない組織に育てられた者たちに幸せは訪れない。
──死こそ、開放。
どこぞの死霊術師の言葉を思い出す。
エレが死なないからこそ、その言葉の真意を理解した気がする。
「……どこかで間違ってたら、オレもそっち側だったのかもな」
冬至を過ぎ、時期は息が白くなる季節。
十何年前の勇者選定の日に彼らの人生も決まったのだ。
結果、勇者に選ばれずに……神殿を飛び出したのだ。
そして、あの人達に拾われて、人生がまた変わった。
「元気にしてるかなぁ……お師匠は」
「エレにも師匠がいるノ?」
「あぁ。三人もいるんだ。すごいだろ」
「……また、その話はスル。ケド、いまは、とりあえズ」
ズイとアレッタは幌馬車の方を指差した。
人を殺した後にすぐに眠たくなるとは、やっぱり普通の神官じゃないな。
そんなことを思いながら、袖を引っ張られるままエレは幌馬車に戻っていった。
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