2-4境界越えの死人

87-死霊術師の感謝



 死霊術士は、死体を操る、というのは誰でも知っている事だ。


 失った心臓の変わりにマナを与え、死体を動かす。肉体の保持は最低限であるため、肉は腐り落ち、骨は脆くなっていることも。

 生前のものと比べるとどうしても見劣りしてしまい、防御力は駆け出しの冒険者の基準にも満たないことが多い。──魔物図鑑から抜粋。




「……どうみても普通じゃないよな』


 あの唱喝の詩人ムシクスの姿は、生前の血肉ではなく、マナのみで作り上げられているように見える。


 マナでその存在を維持させることなどできるはずもない。ゴーストの類を考えたが、アレは実際に生前の技こえで攻撃をしてきた。


(となると……少し、情報が欲しい)

 

 不可解なことばかりだが、詰めずに事が始まる訳もなし、と。


【素晴らしい身のこなしだな! 黒髪の只人ヒューム


「……?」


 その声を聞き、踏み出そうとしていた足を止めた。


【大勢の気配がこの村から消えたんだ。お前がしたのか?】


 ――会話をしたがる個体。珍しくはないが。


【どうした? 間が抜けたような顔をしてるぞ?】


 喋らないと思っていた者から、若々しく生一本の性別不明の声が突然聞こえてきたのだ。驚くのは当然だ。


(……アイツは)チラと唱喝の詩人ムシクスを見やった。


 依然として影のような体を揺らめかせているだけで、攻撃をする素振りはない。


(……出会ったばかりの敵相手に余裕そうだな、随分)


 敵を知らずに油断をする相手ならば、仕事が楽だ。


「やー……すまんすまん。てっきり、戦闘にビビり散らかして声が出ないんだと思ってたんだ」


【誰が、誰に?】


「お前が、俺に」


 ムッとした様子の術士は視線を逸らした。

 

【……それにしても、こいつの攻撃を食らっても立ってる奴なんて初めてだ。どうやったんだ? この村を守っていた者達なぞ、先の技で震えながら逃げ出したというのに】


 苛立ちは見えたが、言い返す言葉が見当たらずに話題を変えるか。ふむ。


「そーか。持ち駒自慢は楽しいな! パパにでも買ってもらったのか?」


【待て待て。会話になっていないぞ?】


「先に話題を逸らしたのは誰だ?」


【……何故、私がこんな辺境の地まで来たか知ろうとしないのか?】


「どーでもいい」


【どうでもいいって、そんな──】


「──から、殺すぞ」


 沈黙の刃が雪景色を反射しながら首元に振り抜かれ──影が霧散した。


【まぁまぁ、落ち着け!】


「……っ!?」


 雪景色の中に散る黒。

 離れたところに集まり、ぺこ、と頭を下げた。


【私がこんなところまで来た理由は! 勇者一党に感謝を伝えに来たのだ!】


「……」


 何も無かったようにしている。

 確実に仕留めたハズ。


 攻撃が通用していない?

 手応えは無かったのはそうだ。でも、なぜ、首は飛ばしたはず。


(……固定観念に囚われるな、か)


 魔族は十体いたら、十体とも異なる性質を持っている。

 今までがこうだったから、が通用しないからこそ彼らは手強いのだ。

 ターフェルの話を聞くとコイツは境界線ボーダー超えらしいからな。


只人ヒュームの代表である勇者らが同胞に大量に死を配って行った。そのおかげで、私はこうして彼らを従えることが出来るのだ! 本当に感謝をしている! 感謝をしてもしきれない程だ!】


 とりあえずは……そうだな。探るか。


「……へぇ~」


【感謝してる!】


「へー」


【感謝をしてるのだ!】


「はー。しっかり勝手に感謝しとけよ」


【……いまいち感謝が伝わっていないようだな、ならば……】


 スッと両手を動かし、両隣に出てきた影を紹介するように見せた。


【これなら、感謝が伝わるか?】

 

 揺らめいていた影が形を安定させると、遊ばせていた体を止めた。


「はぁ、感謝、ね」


 見覚えのあるその二体は、いつぞや勇者一党が倒した魔族だったからだ。



     ◇◇◇



「城の長と」


 左に現れたのは大楯を持っている巨漢。


 記憶を辿ると、彼は北東の凍土の――難攻不落の城の玉座に座っていた大男だ。

 魔法、物理、それら全てを弾く大楯を片手に持ち、もう片方の手では大鉈を振り回す。


 絶対的な防御力と破壊的な攻撃力の魔族。


「で──山の長か」


 右に現れたのは、

 両手に捻じ曲がった剣を持っている戦士。


 彼は北北東の山中の――奇襲をしてきた魔族の族長だ。

 山賊が身に着けるような軽い装備で、手数重視の武器を握っている。


【……】


【……】


 その二体ともが、唱喝の詩人ムシクスと同じように節々に燃ゆる炎を宿して立っている。

 日食アムンストの三体を使役する魔族、か。


【お前ほどの強者なら分かるだろう? こいつらの溢れんばかりの強さが! 勇者が道中で殺していった魔族の中でも優秀な奴らを手駒に加えたのだ! そして……これで、どうだ?】


 術士の後方にゆらりと立ち上がった人影。

 

「……胸糞悪いことしやがる」

 

 その人影は肌着に身を包み、破れている箇所からは柘榴色のものが見えている。


 歩く速度も遅く、人数も多い。動く死体。


「殺したばかりの村人……ねぇ?」


 中には神官服を着ているものや、鎖帷子、胸当てをしている者達も見える。この村を警備していた者達なのだろう。


【ん? どうだ? すごいと褒めてもいいんだぞ!?私の力は倒した者を不死の軍団として迎え入れることができるのだ! 死体が無くとも、こうして影として連れてくることができる!】


「の割には、数が少ない気がするが? 形を保てずに殺したか? 力加減が分からない子どもみたいだな」


【逃げる只人は、よく力加減を間違えてしまってな。それでも、数えて二十ほどは不死者にすることができた! ほら、見てみろ!】


 オモチャを自慢する子どもだな。戦力は子どもじみてないが。

 敵戦力は魔族四体と、不死者の軍勢に村人動死体が二十。


(こんな辺境に、こんな災害みたいな魔族が来た理由は気になる) 


 目の前にいる戦力だけでも中ぐらいの街ならば機能停止。

 やりようによっては潰すことが可能だと思えるほどの揃い踏み。


「……趣味が悪いが、いい術だ」


【だろう?】


「で?」


【で……?】


「なんで、俺に感謝を伝えるんだ? 俺は勇者の仲間じゃないんだが」


 伝えるべきは俺じゃないだろう。

 そう言うと、術士はぽかんとして笑い出した。


【別にお前に感謝をしている訳ではない! 身の程を弁えろ、私が感謝してるのは勇者の一党の中でも……】


「だから、それを俺に言ってどうしたいんだって言ってんだろ」


【いや……そうだな。そうだ、確かに――……あぁ、違うぞ!? そうだ! いや、そうじゃない! 勇者一党に感謝を伝えたいから、場所を教えてほしいのだ!】


「なら最初からそう言えよ。アイツらは今は……」


【待て! そして、だ! お前は強い! 強いお前を見込んで聞くが――】


 術士は、グッと溜めて、胸元に手を当てて鼻高々に。


【私はまさに勇者一党に相応しいと思わないか!?】


「…………はぁ?」


 なんだコイツ。

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