88-奪ったもの



「勇者一党に入りたいんだー……?」


【そう! その通り! 最近の只人の造語で言うなれば、もちのろん、という奴だよ! 私の持ち駒のほとんどは彼らのおかげだからな。勇者一党がいなくば、私の術はこうも機能をしていない!】


「きもちわりぃ……」


 勇者一党は魔族の敵。

 その敵の仲間になりたい彼は、何か特別な感情でも抱いているのだろう。


【いやいや、話をしてみるというのはいいことだな。会話に値しない者ばかりだったのだが、お前のような強者がいて良かった。で、どうだ? 手合わせをしてみたお前に聞きたいのだ。私は勇者一党に相応しいと思わないか?】


「……まぁ、いいんじゃないか?」


【やはりお前もそう思うかっ! これほどまでに完成された術士も他にいないと思っているのだな!】


 あくまで冗談でいったつもりなのだが、腰をくねくねとさせて上機嫌な様子。


 勇者一党に入りたいというのは演技でもなんでもなく、本心。

 不思議な話だが、そんなこともあるのか?


【そうかそうか……。やはり人里に来てよかった。一党の仲間の一人を追放したと聞いたから、少し心配していたのだ】


 ピク、と瞼が痙攣する。


「……おー、よく知ってるな」


【誰が追放されたかまでは追いきれていないがな。お前は知っているだろう? 教えてくれないか?】


「さぁな」


【私的に魔法使いが有力かと思っているが……、重装騎士……かな?】


「どうだろうな」


【なんだよぅ、教えてくれたっていいじゃないか!】


 目の前にいる者がそうであるとは、露知らぬよう。


「お前は、魔族にしては俗だな」


【ぞく? 褒めてるのか?】


「もちろん」


 情報収集能力があるのは分かった。

 が、魔族が人族にどう思われているかは知らないのだろうか。それとも気にしていないだけか。


「そんなに教えて欲しいか? 誰が追放されたか」


【あぁ!】


 そして、なにより――

 ニコリと笑うオレが、隙だらけだ。


「俺に勝ったら教えてやるよ」


 冷やなか刃が、術士の首を音もなく跳ね飛ばした。

 雪の上に術士の頭部が落ちていく──同時に、魔族の三体がゆら、と動いた。




【────言ったな?】





 頭部がなくなった胴体から影が伸びて、新たな首を据えるのが見えた。


(やっぱり、殺せない。となると──他の魔族もか)


 これは、なかなか、面倒くさい。


【そっちの方がわかりやすい。さ、只人よ。戦おう! これを初戦、開始位置としよう! 私が勇者一党の仲間になるための一歩目だ】


 手を広げると、影に魂が宿るような動きで──皮肉めいた比喩だが──眼窩や関節の炎が猛々しく燃えた。


【──……あぁ、久しぶりの顔があるね】


 唱喝の詩人ムシクスの声だ。何かを調整するように不安定だったマナを安定させると、魔族は簡単なお辞儀を一つ。


【久しぶりだな? 坊や】


「……。やぁ、喋れたんだ。久しぶり」


 右手を左胸にあて、左足を軽く引いて。


「喉と顎の調子はどう?」


【相変わらず引き裂きたくなるほど憎たらしい顔をしている。……それに、貴様だったんだな】


 炎のような彼女の目が、オレの持っている短剣に向いたのを感じた。

 

「これ? 戦利品。いいでしょ。アンタのとこにあったんだっけ? 覚えてないや」


 見せびらかすように様々な角度に傾けると、唱喝の詩人ムシクスを構成しているマナが怒るように揺らめく。

 

「あ、欲しい?」


【返せ、貴様が盗んだモノ全て。全部、私のものだ!】


「今は俺のだよ」


【盗人め……!! こどもはどこにやった!】


「こども?」


 そんなの持ち帰った覚えがなかったのだが── 


 ──『英雄、みたいだ』── 


 また、これか。頭を抑え、息を鋭く吐いた。


「…………。さぁね。迷子の届けでも出したらいいんじゃない?」


 空間が悲鳴を上げるかのように、歪みだした。

 色を帯びた視線が交差し、ピリピリと殺気立っていく。

 

「そんなに返して欲しいならさ、魔族なんだろう? 殺して奪い返してみたらどう?」


 視線を被せるように短剣を持ち上げ、力強く握りしめた。まるで、自分のものだと主張をするように。


 縛り上げていた緒が切れ、マナが溢れだした。

 影が一段と膨れ上がる。

 口元から赤い火が燻り出し、天から降り注ぐ純白を喰らうように――徐々に――確実に――空間を黒く侵していく。


【……腹の内から食い散らかすぞ、小童】


「精々いい声で鳴けよ、お人形ちゃん」


 魔族四体との戦いが始まった。

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