79-画策
「……じゃあ、俺は帰るぞ。やりたいことはやった」
「え、もう帰るの?」マリアベルはティーカップを用意しながら「もうちょっとてもぉ」
「オレがいるとあんたらの護衛が気疲れするみたいだからな」
彼らの背後の護衛は、オレが目を向けるだけで縛り付けられたように動かなくなってしまうのだ。
気の毒過ぎて申し訳がない。
「まぁ、一杯でも良いから飲んでいかんか。いい葉っぱを使っとるんじゃぞ? それに勇者との旅路の話も聞きたいんじゃ」
「話はオレからじゃなく妹から聞いた方がいい。茶はまた飲ませてくれ。どうせ、しばらくはこの街にいるつもりだからな」
「エレちゃんもう帰るのぉ? まだ会議は続くのに?」
「元よりオマエの話を聞きに来てたんだ。話が終わったら用はない」
「あでっ!」
ピンッと仮面を弾き、転送装置にまで歩いていく。
装置に人が乗れば、自動で地上への転移が始まる仕組みだ。
円卓の方を向き、目を閉じると――
『――――――――――』
何やら騒がしいことに気が付いた。
「これ、何の音だ」
「……これ、警鐘……? ってことは、まさか」
《天至一塔》の下の街から聞こえる訳ではなかった。
その空間全体に聞こえていたのは、地上からの警鐘。
それが地上と中層を繋ぐ転移装置の傍らにある、黒い四角柱を通して聞こえてきていた。
――異変。
その時、黒い四角柱から立て続けに声が響いた。
魔族の姿を確認!
繰り返す! 魔族の姿を確認!!
方角――北東方向。
近隣の村を襲撃し、こちらへ接近中。
確認せしりその個体名は『死霊術師』
鬼気迫る声が、カンッカンッと鳴り響く警鐘と共に聞こえる。
何度も、何度も、繰り返して伝えていた。
「やったな、ディエス・エレ。相手が向こうからやってきたぞ!」
「驚くほど、ちょうどだったね」
ターフェルと仮面は食後の一杯のように紅茶を啜って温かい息を吐いた。
「死霊術師か。もう、こんなところまで来ていたとはな」
トトリも同じように紅茶を啜り、オレを見やった。
その含意のある哀れみの目に、蟀谷に青筋が浮かぶ。
「お前ら……これが目的か?」
否定の声は上がらない。
「謀ったな、オマエ」
「そう怖い顔をするでないぞ、斥候殿。死霊術士を相手するなら高位神官を組み込んだ一党を四つは用意をせんとならん」
街に動く死体が跋扈する。人が死に、死体になる。それがまた《死霊術士》によって動く死体とされ、新たな兵士を作っていく。最悪だ。
それを止めるためには魂を浄化させる必要がある。
「じゃが、神殿の神官は出払っとる。そんな時にお主がやってきた。浄化の奇跡を使えるんじゃろう?」
そうだ。オレは、浄化の奇跡だけを授かっている。
その情報を知っているのは……いや、この場で知っているやつはいないはず。
オレの過去を知っているやつ。となると、あの記者になるが──目を向けると仮面は微笑む。
「全部、このためか。オレをこの場所につれてきたのも……裏で画策してたんだな」
「どのみち倒さねばならん相手なのじゃろう? なら、今すればいい」
「画策だなんて嫌だなぁ。エレちゃんの情報をちょろっと渡して、お互いに利のある話をしただけじゃないか」
「支援をしてほしいのじゃろう? ならば、こちらの提案も飲むんじゃな。善意で人が動くと思うとる訳じゃああるまい? ここは、円卓じゃ。お主だけが準備をしときとる訳じゃあない」
不快感を露にすると、隻眼賢者はハタと手を上げた。
「正直に言えば、お主ほどうってつけの人材もおらん。人払はしておこう。無理じゃと思ったら情報だけでも持ち帰ってくれたら良い」
「……可能なら撃退。悪くても調査」
「いつもやっとることじゃろう? 斥候のお仕事じゃよ。じゃが──大英雄になるんじゃろう?」
「一人で、生け捕りくらいしてみせろと」
「そういうことじゃ。面倒事も解決して、研究もできると。最高じゃ……最高すぎて、支援も捗るかもしらんのぉ」
光に包まれる中、オレは笑う。
「──上等だよ。今回は乗せられてやる」
ターフェルと仮面が上機嫌に笑うのを最後に、オレの視界は暗がり──膨大なマナによって地上へ転移が済んでいた。
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