80-女斥候の諭し




 適当な任務を受け、適当な傷を受け、適当な治癒をしてもらう。それで事足りると思っていた。

 

「なのに……」


 女魔法使いはアレッタを振り返った。擦り傷、切り傷。モンスターの攻撃を最小損傷で収めた可憐な両翼はあとはアレッタの治癒の奇跡を受けるだけだ。

 しかし、アレッタは奇跡を使わない。


「あのぉ〜……アレッタちゃん?」


「…………」


「奇跡、なんで使えないのかだけ教えて?」


「何度も言ってる。エレにしか使わなイ」


「はあ……だから、なぁ」


 今朝からこの調子だ。


 一昨日はエレがいたから話を鵜吞みにしてはいたが、彼女らは暇ではない。クランのエースである彼女らは、多忙も多忙だ。

 だが、クランマスターのご友人からの提案だ。他のクランメンバーに仕事を丸投げして日程を調整しなければならなかった。


 だが、蓋を開けてみれば『垢ぬけない少女の御守り』じゃないか。


「…………ワタシはエレ以外に奇跡は使わなイ。……使えなイ。だから、ダメダ」


 追加要素として、頑固な少女ときた。エレ以外にはその心の内を明かそうとしない。

 ぷいっと顔を背けたアレッタに女騎士と女戦士が唸った。どうしたらいいものか、と。


 依頼はクラン宛にきていた簡単なものだ。ここでアレッタの実力を見なければ、ただの下位等級の依頼を奪った奴らになってしまう。

 

「……こういう時、頼りになるのはお前だ。頼んだぞ」


 そう言うと、三人はある一人の方へ視線を送る。


「あらあら。わたしぃ?」


 はんなりとした様子でその視線を受け取ると、女斥候はアレッタの視線に回り込むようにして。


「アレッタちゃん? わたしらといこか?」


「ヤ!」


「ヤ、かあ。でも、困るのはエレさんとアレッタちゃんやと思うけどなあ?」


 女斥候の言葉に興味が湧いたようにアレッタは視線を合わせた。

 その反応を見て、後ろの三人は「さすがだ!」と関心をする。

 女斥候は一党内で場を取り持つ役割を持っている。いわゆる、人の意見を聞きながら、人に意見を通すのが得意なのだ。


 そんな彼女は、にんまりとした顔を崩さずに。


「これなぁ? エレさんからアレッタちゃんに向けての試練やと思うんよ。だってなぁ、考えてみ? エレさんってアレッタちゃんが思っとるよりも、強くて、人気がある冒険者で、女性からの人気もたぁくさんあるんよ」


「しれん……?」


「そう、試練。仲間になれるかどうかの確認の試練やね」


 女斥候は、アレッタに今いる場所の価値を説く。


「あ〜あ、羨ましいなぁ! エレさんは冒険者なのに紳士やし、見た目もかっこええし、階級もいっちゃん上で、斥候の一旗アルス! たまらんわなぁ。そんな人の横に立って冒険ができるなら、今おる地位を捨ててもええって考えとる冒険者はぎょーさんおるのになぁ」


 あ――と他三人が任せたことを失敗したように表情を凍らす。

 もっとこうお姉さん的な立ち位置からの丸め込むような言葉を期待していた。


 が、これは笑って諭しているが毒が混じっている。


「いい斥候がおるだけで、その一党の生存率は大幅に跳ね上がる。奇襲される確率が減って、奇襲できる確率が増えるんよ? 

 そのいっちゃん上におるエレさんやで? 

 私はそんな人と冒険ができるって考えただけで、股座が濡れて糸を引いてまうわあ。成功が約束されたも同然やん。ほんま、そんな人がおったら羨ましくて、妬ましくも思ってまうなぁ」


 いや、違う。これは――嫉妬か!


「エレ……は……デモ、ワタシを仲間にしてくれるっテ」


「その、? 本当に仲間なら、私らに任せることなんかせんよ。

 それにエレさんは仲間を自分から取ったことがないことで有名な人やで。

 それに、神官に関してはとっっても厳しいんや。

 勇者一党にも神官はおらんかったやろ? そういうこと。

 でも、アレッタちゃんは仲間になることが出来る権利を持っとるんよ。他の人が欲しくても手に入れることが出来んかったモンをな?」


 これは、女斥候の本心だ。

 エレは、今まで勇者一党の先鋒として多大なる貢献をしてきた。


 そんな人が久しぶりに帰国をしてきた。嬉しかった。でも、任してきたのは少女の子守りときた。


「アレッタちゃんが駄々こねるんやったらええよ? うちがエレさんの隣を貰おーかなあ」


 流し目にぺろりと淡い紅色の舌で親指を舐め、血の気が引いているアレッタをジロと見た。


 妖艶に乱れた視線の中には毒牙をもつ蛇のような気配。

 そんな視線を浴びされ、アレッタは泣きそうな顔になる。


 偶然にも――勇者一党が帰ってきた時に

 偶然にも――追放されたエレがいて

 偶然にも――アレッタがそこに飛び込んだ


 偶然が重なっただけだ。


「ダ……ダメ……エレは、ワタシノ……」


「そんなことないよぉ」


「ワタシのなノ!」


「なんでそう思うの? 

 だってアレッタちゃんは駄々をこねるんでしょ? 

 エレさんの仲間にならなくてもいいってことだよね、ソレ」


「違ウ! ワタシはエレ以外に奇跡を使わないと決めてるんダ! だから、それは、違ウ……」


「私らに奇跡を使うくらいなら、エレさんの仲間を諦めるって?」


「奇跡は……使えなイ。仲間は諦めなイ。神様に誓っタ、かラ」


 女斥候の蛇のような気配が強まった。

 大口を開け、今にも弱らせに弱らせた獲物を食べようとするような雰囲気だ。


 女斥候の瞳が細くなり、唇はピクリと不快に痙攣する。

 

「え? なぁに、それ。私らのこと、そんなに嫌い?」


「ワタシは奇跡は……使わなイ」


「だーかーらぁ……わかんないかなぁ? そんな神官をエレさんは仲間にしぃひんって。なぁ? 分かるやろ? 分かってないん?」


「絶対に使わなイ。エレ以外ニハ……」


「そんなんやから、私らんとこに連れてこられたんと違う? アレッタちゃんはエレさんに必要ないんよ」


「…………そんなことナイ」


「エレさんの傷は治らない。そんなん、ちっと調べれば分かる話やん。なのに付きまとうて……迷惑してるんじゃないのかなぁ」


 苛立ちが女斥候の言葉をきつくさせていく。

 その後方で制止させようとする女魔法使いの手を弾きながら、言葉を続けた。


「なんで、エレさんが神官を毛嫌いしてるか分からんの? エレさんの気持ちになって考えたことある?」


「…………ワタシ、ハ。――でも、奇跡ハ」


「アレッタちゃん」


 俯きながら同じことを繰り返すアレッタの視線に、女斥候は膝を折って入り込んで――


「嫌われてるって自覚した方がええで」


 貶すような顔でほほ笑んだ。

 

「ちょっとはその可愛らしいちっちゃな頭、使おっか」


 絡みつく嫌悪感に、アレッタは込み上げてくる苛立ちを――かみ殺した。


「…………」


 不燃な怒りが体を縮めていき、アレッタは視界に映る女斥候を今にも泣きそうな瞳で見た。


「……エレは優しイ」


「知ってるよ」


「ワタシを助けてくれタ……」


「そうなんや」


「だから、でも、ワタシ……」


「奇跡使わんのやろ? 話が進んでないで」


「…………でも、ダメなんダ」


 異様なまでの執着に、女斥候の首がカクンと落ちてきた。感情の枷が外れたような動きだった。

 首筋を掻き、歯からギチッが鳴響く。


「だからさぁ――」


 女斥候の言葉をかき消すほどの音で警鐘が鳴った。


「って……警鐘? さっき依頼終わったばかりなのに……」


 魔族の姿を確認! 

 繰り返す! 魔族の姿を確認!!

 方角――北東方向。

 近隣の村を襲撃し、こちらへ接近中。

 確認せしりその個体名は『死霊術師』


「死霊術師が出たか。とりあえずは拠点ホームに戻るか……」


 ──ビィーッ! 


「今度はなにさ!?」


「団員から? 忙しいな。が、方向は……拠点ホームではないらしい」


 クランの識別金板が反応を示した。団長であるヴァンドが不在の中、識別金板の親は彼女らが持っている。クランメンバーの通知は彼女らが引き受けなければならない。


「こっちの方向ってことは……警備のヤツらがいるとこか」


 街中を指さずに真っ直ぐに北部を指している。


「天至一塔にお呼びか」


「どーするよ。多分、この警鐘のことだぜ」


「今、死霊術士を倒せる聖職者って……ねぇ?」


「私しかいないだろう。ふっふっふ。剣よ輝く時が来たぞ」


「作戦会議でもすんのかな。六卿帝の三等星が揃い踏みだろ? 私らが指揮でも取るんか?」


「さあ。大隊の指揮を任されるような功績は私らにゃないでしょ。もっと他のことよ」


「……あ、そういえば聖職者といえばエレさんって、昔は祓魔師だったんやったっけ? 浄化の奇跡が使えるーって聞いた気がするけど」


「ならば、エレ殿と共闘が出来るかもしれんのか! それはワクワクだな! さぁ、行こう! アレッタなる少女も──って」


 振り返ったらそこに、アレッタはいなかった。

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