70-あの時のあのひと


 真上を見上げれば、白雲から白が降り注ぎ、肌に冷ややかな温度を残す。


「雪が降っていた」


 白絨毯が地面の上に出来上がり、さくさく、と軽やかな音を立てる。道横には雪山が出来上がり、その横には雪で作られたダルマの親子が添えられている。


「……雪が積もっていた」


 息のぬくもりを奪う温度に、外套の上から両腕を擦る。


「まだ、これだけ雪が降るとは思ってなかった。これは近くの村は大積もりかな。なぁ、エレちゃん」


 歩いてやってきた神殿の広く低い階段の上、約束していた地に仮面ともう二人の人影があった。

 仮面の横に立っている女性はどこか遠くを見つめている。


(初めて見る顔だな……仲間か?)


 夜に降る雨のような髪色に、所々翠色が混ざっている不思議な髪。冷ややかな金色の瞳。誰が横にたっても見劣りしない顔立ちは、育ちの良さと無関心さを感じさせる。

 

「一昨日ぶりだね。来てくれて嬉しいよ。……ちょっと具合悪い?」


「寝不足でな。少し駄々をこねられたというのもある」


「……? ま、身体ボロボロなんだから安静にしないとだよ〜? 自分の体は自分が一番よく知っているだろうから」


「まぁ、そうだな……で、こちらは?」


 そしてもうひとり。ずっとそわそわしている丸メガネの女性に視線を送ると、体を跳ねさせた。

 口をしょぼしょぼとさせる彼女の首からは──カメラが提げられており。


「あ、オマエ──」


「あっ! ひょっ、そう! あのときに、私もいました!! はじめまして!!」


 頭でも殴られたのかと思う速度で礼をしてきた女性に若干引きつつ、記憶を思い出す。


(あの時の記者か)


 少し前の出来事。王都での大英雄となると誓う──その前の、オレが腹を決めた時に目があった記者。

 記者の中で一人だけ、こちらを見る目が違ったのを覚えてる。


「この記者さんのおかげで、エレちゃんが王都でしたことや語ったことをしれたんだ。それに──この写真もね」


 ぺら、と出されたのはオレが写っている写真や国王が激昂している写真、モスカが苦しそうに歯を噛み合わせている写真。

 初めて現物を見るが、これだけしっかりとその場の光景をくり抜くのか。すごいな。

 

「それで?」


「この子がどーも、エレちゃんのお役に立ちたいって。今日会うことを伝えたら、頑張って早起きしたんだよ」


「はっ、はひっ、わたし、そのっ……昔から、ずっと、エレ様のことを──」


(エレ様??????)


「追っかけてまして。それで、王都にたまたまいた時に、その、呼ばれて、行ってみたら、いて。だから、運命です!!!!!」


「はあ」仮面に視線を送る。


「それで──」ガバッと体を起こした記者に驚いた。「お役に立ちたいんです! 英雄になる手助けをさせてください!!」


「…………そうか」


「あー、嬉しそうな顔してる」


「うるせぇぞ。で、役に立つといってもオレの方からなにか依頼することはないんだ。そうだな……」


 仕事を任せるといっても、記者となるとちょっとオレの分野ではない。 

 だったら、アイツしかいないな。


「オレの仲間になった奴がいる。ソイツが吟遊詩人らしいから、その手助けをしてくれないか? オレの妹なんだが」


「ディエス・オーレ様ですね!!!」


「あ、あぁ……そこまで知ってるのか」


「ディエス様の御兄弟のことは何でも知っております!! それでは、早速妹様に連絡を入れて、協力者であることを伝えておきます!」


「あー、まてまて。アイツは今日はお仕事の日だ。だから、また後日にしてやってくれ」


 そこで記者とは、後日に会う予定を取り決めて分かれることにした。

 あの日のことを知っている人物がいるとは思わなかったから、正直驚いているというのもある。


「それじゃあ、目的地にいこっか」


「その前に、いいか?」


「?」


「この腕の傷になにかしたか? 王国への帰り道を襲撃された時に、獣型の魔族に付けられた裂傷なんだが」


「……?? あ、あー〜〜! あの時の傷か!」


「やっぱりなにか」


「いや? なにもしてないけど……どうしたの?」


「──……。そうか」


 コイツがなにかやった訳じゃあない、と。だったら……直近で傷を治癒したのは……アレッタ、か。


 前々から、アレッタに奇跡をかけてもらってからは気の所為程度ではあるが、体が調子がいいとは思っていた。


(アレッタの奇跡のおかげ……なのか?)


 明確には言えないが、王国に帰ってきたときよりかは調子が良い──気がする──のは事実だ。


 こういう時に、自分の生命力が見える数値とかがあれば楽なんだが、そんなモノがあるわけもない。


可憐な両翼イカロスとの一件が終わったら、仲間の件を考えてみるか)


 オーレとも仲間の話を進めた。気持ちを伝えるくらいはいいだろう。


「……すまん。なんでもない。で、目的地ってのは? オレの体のことを教えてくれるんじゃないのか?」


「まぁまぁ焦らさんなって。今日一日は私にくれる約束だろう?」


「違うが? 話を聞くだけだ」


「あれ、そうだっけ? まぁ、とりあえずはさ。コッチ!」


 強引に手を繋がれ、神殿から北へ登っていく。ここから北に登るってことは……。


「今更、だけどさ。あの子にキミと会うにはどうしたらいいのか聞いたんだ」


「あの記者か?」


「前々からの知り合いでね。連絡を入れたら、そろそろこの麗水の海港パトリアにいるだろうって教えてくれたんだ」


「情報が凄いな……」


「言ってたろう。キミの追っかけだって。ディエス・エレが三英雄の弟子だったときから目をつけていたんだって聞いたよ」


「十年以上も前の話だぞ」


「そうさ。といっても、東の方にはキミのファンがたくさんいるんだよ。私みたいなね」


 オレのことを知ってる奴に東で会ったことがないんだが、それはどうなってるんだ? まぁいいか。

 

 色々と考えるべきことがあるが、とりあえずはコイツの話を聞くのが今日の仕事だ。


「そろそろかな」


 目的地周辺に到着。まぁ、やはり目的地はここになるか。


「こんな場所で何するんだ?」


「ん〜。すぐ分かるから言わないでおくよ」


 街から外れても綺麗に舗装された一本道を歩く。向かっているのは《麗水ノ海港》の北東側に天高く聳え立っている塔だった。


 その塔の名前は――【天至一塔アルキュラス】 


 石灰岩や貝殻などを細かく粉砕した……つまるところの白壁の材料をふんだんに使ったこの建築物は街路から見上げても、その先が見えない。

 雲を貫き、神が至る場所まで伸びているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る