06-小鳥のさえずり





 昨日の記憶が曖昧だ。ヴァンドの酒精に中てられたか?

 変な神官に襲われて……そうか、放ったらかしにして家に帰ってきたのか。

 寝台の上で体を伸ばし、関節が伸ばされて──古傷がジクと痛む。


「んっ……あぁ……最近は、見なかったのにな……」

 

 もう少し寝たかった。手汗が気持ち悪いぐらいかいてる。悪夢とやらは本当に敵わない。

 体はまだ寝たがっている。が、日光も小鳥のさえずりも寝させてくれない。

 日光とやらを掴めるのならば、腹いせに掴みかかって沼に沈めているところだ。


「……──!?」


 その時、窓掛の向こう側にチラと見えた『ナニカ』。

 がばっと身を起こして、窓掛を全開にして――日光に耐えられずにびしゃぁと閉めた。


「…………? しろい、たぬき?」


 髪の毛をくしゃくしゃとして、座ったまま目を瞑った。


「見間違い?」


 寝ぼけているのか?

 ちゅんっ。

 チュン!


「……あー、完全に起きた。……くそドリが」

 

 布団を被ったまま炊事場の方へと歩いて行った。

 煉瓦で固められた焜炉の上に水をたっぷり入れた薬缶を置き、昨日帰りがけに拾ってきた乾いた小枝を放り投げ、火を立たせ、沸騰させた。

 

「…………はぁ……」


 白湯でも飲もう、と思って洋杯を卓の上に置いて準備完了――……。


「落ち着かんな」


 ぐつぐつと煮立つ音を聞きながら、机に尻を少し乗せた。

 くぁ、と欠伸をして、ぼさぼさな頭をぽりぽりと掻く。そして、重たい瞼から瞳をゆっくりと外に晒す。


「……」


 戦場に身を置いていたのだ。

 いきなり平和な日常を送れるとしても、謳歌できる自信はない。


「……落ち着かない」


 ポリポリと無意識に腕を包帯の上から掻く。 


 ──英雄になるんだろ。


 ヴァンドに言われた言葉を思い出し、掻く速度が早まっていく。


「……無理だったんだろうが。あれだけ頑張っても……」


 寝起きのぼやける頭で考え事などまとまるわけがない。

 ましてや、余計な事ばかりが頭にチラついてきてしまう。


「――――――あぁ、最悪なの思い出した」


 目を閉じたとて、忘れようと努力をしていた悪魔的な言葉が浮かぶ。


 ――ふざけるなっ!! お前、何を考えてる!!

 ――なんで、魔王を殺さなかったの!?

 ――殺していたら、平和になったというのに!!

 ――この裏切り者が!


「朝から、うるさいんだよ……」


 エレは被っていた毛布を引っ張って、項垂れた。


「……黙ってろ」


 悪魔の囁きなどではない。

 自分の意識の葛藤などでもない。

 命からがら助け出したモスカ。

 そして、辛うじて一命を取り留めたルートスからの言葉の矢だ。


「どうすりゃあよかったって言うんだよ……全員が責めるばっかりで」


 刺さる。


「だったら、誰か答えを教えてくれよ」


 毛布の中で、呼吸が浅くなる。


「死にかけのお前らを見殺しにすりゃあ良かったのか?」


 魔王に蹂躙された仲間たちが明滅する。


「そうすりゃあ、満足だったか? そうすりゃあ……全部、丸く収まってたか?」


 モスカの剣は届かず、ルートスの魔法は打ち消され、ヴァンドの盾は一撃で破壊された。

 魔王に止めを刺さなかったんじゃない。勇者に止めを刺されないようにオレが庇って逃げたんだ。

 なのにっ……!!


「オレはただっ……お前らを助けただけなのにさぁ……!」


 モスカを庇って魔王に心臓を貫かれた時の古傷が無力感を脳みそに叩き込んでくる。

 

 ──お前は無力だ。

 ──お前は英雄になれない。

 ──お前のせいで、魔王を殺せなかった。


 胸を服の上から鷲掴み、歯が軋むほど咬合した。


「……わかんねぇよ! もう、なにも……!」


 上擦った声が、寂しく空間に溶けていく。


 死にかけの味方を見殺しにして、勝てるか分からない戦闘に飛び込んで

 

 …………それが『仲間』っていえるのか?


 勇者が魔王を殺さないといけないんじゃないのか?

 昔に聞かされた『言い伝え』は嘘だったのか?


「もう、分かんねぇよ。なんも…………」


 新しい仲間を見つけろよ。

 

「……だれが、オレみたいな奴の仲間になるんだよ。……こんなオレの」


 チュンッ! チュチュンッ!

 被っていた布団を放り投げ、特大のため息を放り出した。


「あーーーーーーーーー!! うぜぇぇぇぇえええええっ!!!! クソがよぉおおお!!」


 なんで、朝からこんな陰鬱なことにならねぇといけねぇんだ!!


「くそっ! 朝はダメだな! 引きずってら……気分悪い……。なしなし! 落ち込む時間が勿体ない」


 沸騰しかけていた薬缶の火を止め、洋杯に白湯を注ぐ。


「オレ…………なにやってるんだろうなァ……英雄になるって夢も叶えられずに」


 いや、それこそもう止めておこう。

 考えるだけで虚しくなってくる。


「語彙力がヴァンドみたいになってきた。疲れてんだろうなぁ……」


 チュンっ!


「って、さっきからトリがうるせぇな」


 チュンチュンッ!


「はいはい、ちゅんちゅん……。ちゅんっ……?」


 今度は、玄関から聞こえてくるその鳴き声。


「ちゅんっ……って、は?」


 一年で、最も昼が短い日である冬至。それを明後日に控えた今日は、ただの変哲もない一日だ。

 いや、だからこそ、か。

 

「……あー」


 寝起きでぼさぼさの頭を掻きむしるようにして、玄関に足早に向かう。


 冬至ではない。が、冬であるには違いない。

 そんな中、鳥が玄関の前で鳴いているだと?


 ふざけるな。ほとんどの鳥は南下するのだぞ。


 バタンと扉を開くと、先程のしろいタヌキの正体――

 先日と同じ格好をしている少女が小鳥の真似事をして立っていた。


「やぁ、くそったれ」


 にっこりとした顔をエレは貼り付けた。




      ◇◆◇




「鳥の鳴き真似、上手いね。お嬢ちゃん」


 その言葉を聞くと、その少女はぺかーっと満面の笑みになり、さささと部屋にエレの横を抜けて部屋に入ろうとした。


「――ンェ!」


 襟首を掴んでグイと引き戻し、頭や肩についていた枯れ葉をパッパと払う。何故、そのまま人様の家に上がろうと思えるのか。


「おはようエレ! いい天気だヨ!」


「早う」


 挨拶を交わし、白湯をちびっと飲んだ。


「あと、枯れ葉が空から降ってくるのは、いい天気とは言わねぇぞ」


「???? そうだネ!」


 おそらく意味は分かっていないだろうが、肯定をしてきたこの少女は、昨日冒険者組合で出会った神官様だ。

 オレのことを探していたらしいが、記憶にはこんな少女は存在せず。勘定を済ませると、建物を縫って足早に家に帰ってきた。


(巻いたと思ったんだが)

「で、なんで俺の家を知ってる。受付の人から聞いたのか?」


「ウウン! 後ろからついて行ってた!」

 

(巻けてなかったのか……)


 少女のやることではない。ましてや神官が、扶養者を持たない男性の後ろを尾行して、家を特定しただと? 


「やっぱり、オレ、色々とガタが来てるな……」


 こんな少女の尾行にすら気づけ無いって? 不甲斐なさに頭を抱える。

 今なら、モスカや国王が「お前追放だ!!」と言った気持ちが分かる気がする。



「エレ! 昨日の返事を聞きにキタ!」



「あ? 返事? なんだっけ?」



 すると、ごそごそと、後ろに隠していた手をエレに向けた。


 そこには、花屋で見繕ってきたと思われる――綺麗な白く縁どられた緑の葉と、赤いカランコエ、白いカーネーションが握られていた。


「ワタシを、お嫁さんにして下サ――」


「いやです」


「エ?」


「え?」


 首を傾げて、エレの顔を見つめた。


「ワタシを」


「うん」


「お嫁さんニ――」


「いやです」


「結婚相手ニ――」


「お断りします」


「花嫁に迎えテ――」


「他を当たってください」


 徹底して断りを入れているというのに、少女は不思議そうにしているばかりで諦めるような気配は全くない。

 その後も同様の言葉を並べられては断っていると、少女の語彙力が底をついた様子で唸り出した。


「なんデェ……? ワタシ、魅力なイ?」


「出会ったばかりの女性に求婚されたら、警戒もすると思うけど。普通に怖いよ?」


「だったら、お仲間に入れてくださイ!」


 ピクリと、寝ぐせの黒髪が跳ねた。


「……ほお。仲間とは、具体的に」


「ワタシは傷を治せル! めちゃめちゃ勉強しタ! すごイ! エレもきっと喜ブ!」


 傷を治せる――と、髭が生えていない顎に手を当てた。

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