05-最悪の朝




「魔王は勇者が倒さなくちゃダメなんだよ? 分かった?」


 赤髪の少女が、人さし指を立てながらそう言った。


「ねっ、父さん!」


 後ろを確認すると、小麦肌の父親がニコリと笑う。


「分かったかな、エレ君!」


「なんで?」


「なんでって……言われてもぉ」

 

 説明に困った少女は、パラパラと手元にあった大きな本を捲り、文字をなぞってみたが答えが出てこないのか、


「ええと……その……」


 親指の爪を噛んでうなり出しました。

 

 魔王を勇者が倒さないといけない理由。

 なんでか、と言われると確かに分からない。


 御伽噺では『当たり前』で『そうであるべき』展開。

 その答えは、その少女の手元の本には載ってはいなかった。

 

「んぅ……神様がそう言ったからじゃない、かな?」


「なにそれ。答えになってないよ」


「うぅ、知らないよっ! 分かんないだもん」


「勇者と魔王は神が直接選びます」


 パタン……と本を閉じる音が間を取り持つと、二人の間に父親が割って入って来ました。


 黒髪の少年は「う」と口をつぐみ。

 赤髪の少女は「わ」と口を開いた。


 その二人の姿を見て盛り上がるのは、周りでその流れを見守っていた白髪と桃色髪と焦げ茶髪の子どもたち。


「指名された二人は、戦う運命を与えられるんですよ。その邪魔をしてはなりません」


 分かりやすくいうなら、ライバルですかね。その言葉に目を輝かせたのは、ずっと口を尖らせていた白髪の少年だ。


「俺とエレみたいだな!」


「まさに、そんな感じでしょう」


 白髪の少年は黒髪の少年に目を向け、ふ、口元だけを緩めた。

 エレと呼ばれた少年は、ぷいっと視線を外す。


「勇者を支える人はいますが、付き人のような扱いになります。あくまで、倒すのは勇者一人です。としても、魔王以外なら倒しても全然かまわないんですけどね」


「――ってこと! 分かったかな、えれくーん!」


 父さんを味方に付けたズルい姉の言葉に、黒髪の少年──エレは、不満そうに喉を鳴らした。


「エレ、納得できませんか?」


「……ちょっと」


「分かる日が来ますよ。きっとね」


 小麦肌の父親はエレと呼んだ少年の頭を撫でると、その場に集まっている五人の子どもらに微笑みかけた。


「午前のおさらいをしますか。

 この世界は、今、魔王の脅威に晒されています。

 ですが、勇者がいません。なぜでしょう」


「神様がまだ選んでいないから!」


「前の勇者がザコだったからだろ!」


「うわっ、ひどい言い方〜」


「はんっ! 祈らぬ者ノンプレイヤーを殺せばいーだけだろーが! 勇者が弱かっただけだよ。オレなら絶対負けたりしないね!」


「ダメだよ、そんな言い方したら! めっ!」


「顔も知らない奴のことを敬うほどオレは暇じゃあない!」


 赤髪の少女と白髪の少年の言い合いに、父親がうなずく。


「そう、前代の勇者が負けてしまったんですね。だから、秩序の神は勇者の選定に時間をかけると仰ってました。ということはつまり……この五人の中の内、誰かが選ばれる可能性もあるということです!」


「はいはーい! しっつもんです!」


 桃色の髪の少女が手を上げ、


「それってアタシ達もなれるんですか?」


「もちろんです。なんて言ったって、私の子どもなんですから!

 幼い頃から勇者になるための修練を積んできてもらいました。

 五人とも、立派な勇者の器です。

 後は、秩序側の神様がちゃんと考えてくれることを祈りましょう」


 父親の微笑みを受け、桃髪の少女は恥ずかしそうに「へへ」と笑うと、焦げ茶色の少女にピッタリとくっつきました。

 

「頑張ろうね!」


「あ……うん、でも、ボクはなってもちゃんとできるか不安で……」


「不安〜? ほんとうはなりたいんでしょー?」


 桃髪の少女にぐいぐいと押され、ズレたメガネを直しながら焦茶髪の少女は自信がなさそうに微笑みました。


「……不安、だけど、なりたいな」


「ホラ! 自分に素直が大事だよ!」


「俺が一人で魔王をぶち倒してやる。お前らはすっこんでろ! エレも!」


「勝手に一人で行ってくればいいだろ。そして死ね。その間にオレが勇者になってるから」


「あぁん!? オマエが勇者になってみろ、オレがぶち殺してやるからな!?」


「へっぽこ一人に殺されるかよ」


「うぐっ、絶対殺してやるからなッ!?」


「コラコラ、みんな落ち着きなさぁい――」


 今日で五歳になる子ども達のはしゃぐ姿を見て、小麦肌の父親は机の上に本を置いて、


「はい。では、みんなが大好きなお勉強を再開しましょうか。机と蝋板の準備を!」


 全員から気怠そうな「はぁい」が抜けていき、ゆっくりと動き出した彼らをみた父親は笑顔をさらに輝かせた。




 そんな日々を覚えられない数ほど繰り返した区切りの日。

  一陽来復。その日は最も昼が短い日だったのを覚えてる。




 その日。神殿で秩序の神から『神託イレーネ』が降ろされようとしていた。


「――――」


 次代の勇者──十八代目の勇者が選ばれる日だ。


 静まり返った神殿内の席立ち並ぶそこは人に溢れていた。皆が口々に勇者候補の名前を上げていっている。

 やはり有力な候補は三英雄という声が大きい。

 

 紅髪の剣聖。金髪の聖女。翠髪の賢者。


 それに並ぶ形で人気なのは最前席で座っている神殿の子ベネデッドである彼らだった。

 

 十歳に満たない子どもたちの持つ力は、人智をはるかに超えているという噂。

 五人が五人とも『異能タレント』を各々が持っている。今後に最も期待をされている者たちだと。

 勇者の激動の運命に耐えうる器にするため、神が力を授けたと言われているのだ。誰かが選ばれるだろうと皆が思っていた。


「わ」


 誰かが口にした変化。

 空気が澄んできた。

 祈りを捧げる高位神官が、ゆっくりと体勢を持ち上げた。

 

 その動きに、その場にいる全員の視線が集まる。


「誰が選ばれるんだろうね」


 長い赤髪を揺らして、長女が皆に疑問を投げた。

 

「そりゃあオレさ。じゃなきゃ、見る目がねぇな」


 白髪の長男が鼻を大きく膨らませる。


「ワタシかなぁ。だって、一番みんなのこと大好きだし」


 桃髪の次女は足をプラプラさせて、天井から何か振ってこないかと顔を持ち上げている。


「神様は長い間考えてたんだ。ちゃんと選ぶだろ」


 黒髪の次男は興味が無さそうに。でも、真っすぐと前を向いて手を足の間で組んでいる。


「ぼくがなったら、みんなついてきてくれる……? だったら、嬉しいんだけど」


 こげ茶髪の三女は、へへへ、と照れながらそう言った。

  

「だーれが行くか。オレは誰にもつかない。お前らもそうだろ?」


「エレとならいいけど、アンタとはいかなーい」


 桃髪の次女が白髪の長男を小馬鹿にするように笑う。 


「でも、みんながいたら……心強いな」


 三女は寂しそうに口を噤む。長男は溜息をついた。

 勇者に選ばれても十歳にもならない彼らだ。選ばれなかった者以外は神殿を巣立つのには早すぎる。だからこそ、選ばれた時のことを思うと不安なのだろうが。

 


「たったいま――」



 高位神官の言葉で、皆の注目が一つに集まる。

 子どもらも話を止めて、姿勢を正した。


「秩序の神からの『ことば』が降りました。次代の勇者に相応しい者を選別した、と」


 期待が膨らむ。

 皆が、自分が選ばれると期待した。


「…………」

 

 その時、高位神官は『神殿の子』に伏せ気味だった目を向けた。


 エレと目が合う。


 ──わ。


 本来、ここで目が合った場合、ほぼ確定。


 やった、と喜ぶべきところだ。

 しかし、


 ――あれ。


 その目の持つ意味は違う気がした。

 

 あの目は、憐れな者を見るような目だ。


 膨らんでいた期待に、一縷の困惑が差し込む。


 動揺。


 そして、思い出した。



「……お集まりのみなさま」



 エレは高位神官を見つめながら、唇を噛みしめ、真っ白な神官衣に皺を作った。

 

 ……『神託イレーネ』を受ける。


 それは神の言葉を直接聞き、使命を受けることだと。


 魔王を倒す者を神が選別する儀式。

 聖典によると――勇者に選ばれた者は、眩い光に包まれ、その光の中で神託を得る、と書かれてあった。


 どれも、勉強したこと。

 それは他四人の子どもたちも例外ではない。


 だから、そうだ。



「『神託』が降りた者は、この場にはいません」



 殿



 五人の子どもは、絶望をした。


 散々、持ち上げられ、最後の最後で手を離された。

 表彰台に上り、絶賛と激励を浴びる準備が整っていたというのに……。


 神殿内にいた記者たちは走り出す。

 神官が静止する声が響く。

 神殿はもはや騒然となっていた。

 

 それでも、五人の子どもたちはその場からしばらく動けなかった。

 

 後日。

 秩序の神によって勇者が選ばれたと、正式に報じられた。


 それは、王家に仕える男性だったという。

 

 ────五人は、勇者に選ばれなかった。


 あの日から、耳の中にずっと雨音が聞こえて止まない。


 チュンチュンッ。

 チュンッ? 

 チュンッ!


「………………」


 なんとも元気な小鳥の囀りが、カーテンの隙間から差し込む日光を連れて飛び込んできた。


「…………あぁ、最悪の朝だ」


 なんで、今更昔の記憶を思い出すのか。

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